ドイツでのこと

tetsu

ドイツでの研究

私は博士の学位を取った後、ドイツのマックスプランク研究所(Max Planck Institute for Colloids and Interfaces)でポスドクをしました。

前の記事でも申しましたように、学生の時には誘電物性と電磁気学を極めたつもりで、細胞膜のモデル系である脂質膜ベシクルの理論研究をしたく、その分野でのトッププレイヤーであるReinhard Liposwky教授の研究室に入りました。

最初にLipowsky教授にお会いしたとき、研究所の主任研究員(Principle Investigater)と共同研究して自由に成果を上げてほしいと言われました。

私は実験の研究室出身だったので、ベシクルの実験をしているRumiana Dimovaさんのところで実験の話を聞いて、できることを探しました。

結局、1年で3つくらいの仕事をしたのですが、そのうち論文化できたのは1つです[1]。

レビュー論文の一節も担当させていただきました[2]。

ベシクルに電場を加えると、変形するのですが、そのメカニズムを誘電物性と電磁気学で説明した理論です。

本当は、非一様なベシクルに電場を加えると、膜面に流れる現象があり、それを説明する理論も作りました。

そちらの方が非自明で面白かったのですが、論文化には至りませんでした。

これに関しては、今でも残念に思っています。

最初は大変だったが、現地の人のやさしさで乗り切れた

成果が出るかどうか不安で、最初の成果が出るまで(夏から秋の初めころまで)は、本当に研究ばかりしていました。

私がいてポツダムは意外と英語を使えない人もいて、髪を切りに行ったときに意思疎通がとれず、ちょっと怖かったです。

ちなみに、イスラエルでは、こちらが指定したとて、好きに切り始めるので、それはそれで怖かったですけど。

当時(2008年)は今と同じく円安で、あまりユーロを持っていけなかったので、最初の給料が出るまでは食事もおぼつきませんでした。

また、普通はドイツに行くとなると色々調べるものでしょうが、ドイツでのポスドクが決まってから出発までに家族内ですこしごたごたがあり、そんなに調べることはできませんでした。

スーパーにいっても日本とは感じが違うので、どうしてよいのやら。。。

私は、一人暮らしデビューがドイツでしたし、家事もあまりやったことがなかったので、初めてのことばかりで大変でした。

部屋を借りるために、ドイツ語で書いてある契約書にサインをしなくてはならなかったときには、とても怖かったのを覚えています。

このように、仕事と生活の両面で困難があったのですが、それでもやっていけたのは、現地のドイツの人たちが非常に親切でいろいろ助けてくれたことが大きかったと思います。

ドイツの人は、日本人とメンタリティーが似ていると思いますが、日本人よりもだいぶフレンドリーだなと思います。

このフレンドリーさに幾度となく助けられました。

ドイツでの生活

そのうち、生活も落ち着いてきました。

私は良くも悪くも現地になじんでしまうようで、ジャガイモを主食としていました。

サワークリームをつけて食べるんだよということを同僚の研究者に教えてもらって、そのようにして食べていました。

今思えばじゃがばたでもよかったかも。

サラダにバルサミコ酢をかけて食べるのが超絶好きでした。

それに、ソーセージを付け合わせて夕食でした。

ベーコンとブロッコリーを炒めて、パスタにかけて食べるというようなこともしてたと思います。

朝はシリアルが基本でしたが、たまにワッフルを焼いて、生クリームをかけて食べていました。

レストランで食べるとかなり値がはるので、基本自炊でしたね。

ただ、私がたまに不眠症気味になり始めたのは、この辺からだったかもしれません。

Lipowsky先生から学んだこと

Lipowsky先生もグループのみんなからnice guyといわれていましたが、本当に非常によくしてくれました。

Lipowsky先生は、グループからでる論文すべて目を通し、文章を完璧にチェックするし、計算までもすべてチェックされていました。

グループのメンバーは30人くらいいたと思うのでかなりの仕事です。

自分の研究室から出る論文は、一定以上の質を保つ。

それがプロフェッショナリティーですよね。

私は、プロフェッショナリティーとはどういうことかを彼から学びました。

私もしばらくそのスタイルで研究をしていました。

しかし、さきがけが始まると、とても時間が足りなく、good enoughを目指すようになってしまいました。

後半は週末に地ビールの旅

1つ成果が出たら気持ちに余裕が出てきて、週末はときどき旅行に行っていました。

折角ですものね。

しかし、余裕が出てきたころには秋から冬になっていて、どこに行くのも寒かったです。

今はだいぶインフレが進んでいると思いますが、私がドイツにいたときには、ベーカリーに行けば、安いパンとコーヒーをゲットできたので、朝食はそれですまし、ICEでいろいろなところに行きました。

ベーカリーではケーキも安くて、1ユーロ前後で売っていたと思います。

ケルンの方にも行きましたし、プラハにもいきました。

ケルンでは、大聖堂にいってみると、ミサが始まって、扉が閉まり始めてどうしよう・・・ということもありました。

プラハは寒い日だったし、一人で来るところじゃないなと思いました。

結構、地ビールの旅も兼ねていて、行った先のビールは楽しみました。

ここのビールがおいしい!と思ったところがあった気がしますが忘れちゃいました。。。

本場のオクトーバーフェストにも行ってみたかったですけれど、間に合いませんでした。

ポツダムの隣の都市であるベルリンでもオクトーバーフェスト(のクローン)をやっていて、ビールを飲みながらランダウリフシッツの弾性体理論を読んでたのも懐かしいです。

クリスマスになると、グルーワイン(暖かいワイン)を飲みながらベルリンをよく散歩したのを覚えています。

ドイツでは、良い思い出が本当にたくさんあります。

反省点

マックスプランクでは、脂質膜ベシクルの静電効果の研究をしましたが、誘電物性と電磁気学は私の得意分野だったので、成果は出ましたが、マックスプランクという環境をフルに活用してレベルアップできたかというと微妙だったかもしれません。

膜面の流れの理論(論文化できなかったやつ)では、流体力学を使ったので、それは新しい武器になったと思います。

しかし、それが本当に自分の武器になったのは、中国に行ってからだったと思います。

ポツダムのマックスプランク研究所は、私が所属していた界面コロイド部門だけでなく、植物生理学部門と重力物理部門が併設されていました。

今の私だったら、植物生理学部門に飛び込み、まだ物理学になっていない現象を探し、初めての理論を作ることを目指すと思います。

1年だったので、成果を出しただけでもgood enoughとするか、ということもありますが、自分のオリジナリティーを育てるという点では、少し惜しいことをしたと思います。

研究においてオリジナリティーとは何か、自分の研究のオリジナリティーを得るためには何をしたらいいかということを考え始めるきっかけにはなったと思いますが、学生までのオリジナリティー観を払しょくするまでには至りませんでした。

この頃は、研究をできることの中から選んでいて、研究すべきことを見つけてそれに必要な能力を身に着けるということができていませんでした。

できることとやりたいことは違うんですよね。

参考文献

1.T. Yamamoto, S. Aranda-Espinoza, R. Dimova, and R. Lipowsky, Stability of Spherical Vesicles in Electric Fields, Langmuir, 26: 12390–12407 (2010). doi: https://doi.org/10.1021/la1011132

2.R. Dimova, N. Bezlyepkina, M. D. Jordö, R. L. Knorr, K. A.. Riske, M. Staykova, P. M. Vlahovska, T. Yamamoto, P. Yang, and R. Lipowsky, Vesicles in electric fields: Some novel aspects of membrane behavior. Soft Matter, 5: 3201-3212 (2009). doi: https://doi.org/10.1039/B901963D

ABOUT ME
山本哲也
山本哲也
キンメダイ美術館のサイエンティスト
電子工学で学位を取得後、理論物理学者になるため、ドイツ、イスラエル、中国で修行。現在は、習得した理論物理学を使って遺伝子発現制御のメカニズムを明らかにする研究をしています。研究だけでなく、趣味やいろいろ考えていることなどお話ししたいと思います。
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