平野達也さんに教えてもらったこと
最近忙しくてブログを更新できませんでしたが、いろいろあって時間ができたので、新しい記事を投稿することにします。
2026年3/26-27に、国立遺伝学研究所(遺伝研)の仁木宏典さんと理化学研究所(理研)の平野達也さんの退官記念シンポジウムに出席させていただきました。
仁木さんも平野さんも、SMCタンパク質というゲノムDNAの構造を形作るタンパク質を発見された方です。
仁木さんはバクテリアのSMCであるMukBEFを、平野さんは真核生物のDNA分裂期に形成する「分裂期染色体」の形成に必須なSMCであるコンデンシンを発見されました。
彼らはご自身が偉大な科学的発見をされただけでなく、数多くの若手研究者を育て、支援されてきたことを知りました。
私が平野さんと共同研究を始めたのは、2020年に学術変革領域A「ゲノムモダリティ」の計画研究に加えていただいてからです。
平野さんと共同研究をするまでは、分裂期染色体は、知ってはおきたいけれども撤退すべき領域だと思っていました。
というのは、John MarkoというNorthwestern大学の物理学者が分裂期染色体の研究を1990年代から始めていて[1]、2012年には、分裂期染色体の形成にコンデンシンのループ押出し活性(loop extrusion)が重要な役割を果たすことを理論的に予言していました[2]。
この状況で2015年くらいから独立研究者として遺伝子発現制御の研究を始めた私が分裂期染色体の研究をしたところで、何をやっても後追いになるだろうと思っていたからです。
京大の寺川剛さんが2017年にコンデンシンがモータ活性を持つことを[3]、Cees Dekkerさんが2018年にループ押し出し活性を持つことを[4]、一分子計測で実験的に示しました。
これらの実験によって、分裂期染色体の形成の主要な機構はコンデンシンのループ押し出しであるという考え方が一般的になりました。
平野さんは、カエルの卵の抽出液に、マウスの精子からとったDNAを加えると、分裂期染色体様構造ができることを示し、再構成された分裂期染色体を形作るタンパク質の解析から、コンデンシンの発見に至りました[5]。
この研究では、ヌクレオソームとトポイソメラーゼIIも分裂期染色体形成の必須因子であることも示されました。
ヌクレオソームは、ヒストンの八量体にDNAが巻き付いた構造です。
トポイソメラーゼIIは、DNAの二重鎖を過渡的に切り、また結合することにより、DNAの絡み合いをほどく活性を持っています。
ループ押し出しは分裂期染色体形成の主要なメカニズムかもしれないけれども、それが実験的に示されたのは、孤立したDNAとコンデンシンを用いた希薄系です。
実際には、分裂期染色体は、たくさんのコンデンシンが相互作用しながら、凝集したDNAの混雑状況の中、トポイソメラーゼIIやヌクレオソームと協調して形成されます。
ループ押し出しという単一分子計測の結果を基礎とした考え方は、分解して(単純化して)調べるという要素還元的な物理のセンスだと思います。
一方、平野さんは、コンデンシン、トポイソメラーゼII、ヌクレオソームがどのように強調して分裂期染色体を形成するか調べるために、変異体を作って調べるというアプローチをとられていました。
カエル卵抽出液からトポイソメラーゼIIを取り除くと、マウスの12本のDNAはゲル状の構造体を形成します。
おそらく、DNAの絡み合いがその原因であると考えられます。
さらに、この抽出液(ΔTopo II抽出液とよびます)からコンデンシンを取り除いて、代わりにループ押し出し活性を失ったコンデンシンを加えると、12本のゲル状DNAは非常にコンパクトな「ビーン」と呼ばれる構造を形成します[6]。
ビーンは、変異体コンデンシンとヌクレオソームを形成していないDNAが凝集したコアとヌクレオソームを形成しているDNAが広がったシェルから形成されます。
変異体コンデンシンは引力相互作用を示すようで、それがDNAが凝集する原因になっていると考えられます。
変異体コンデンシンとヌクレオソームが異なる局在を示すことがビーンの形成に重要な役割を果たすと考えられます[7]。
一方、ΔTopo II抽出液からヌクレオソームの形成に必要なAsf1と呼ばれるシャペロンを取り除くと、12本のゲル状DNAは、DNAとリンカ―ヒストンH1.8が凝集したコアから数本の突起が伸びている「スパークラー」と呼ばれる構造を形成します[8]。
コンデンシンは、突起の先っぽで濃度が高くなっています。
ヌクレオソームがないDNAにはH1.8が結合し、DNAが凝集してしまうという示唆も得られています。
平野さんと新富さんとの共同研究で、スパークラーの突起が形成される機構も理論的に攻めることができました[9]。
このように、DNAを凝集する因子はたくさんあって、その中でどうにかこうにかDNAをほどいて分裂期染色体が形成されているようです。
このようなことは、変異のない自然な形の「正しい」分裂期染色体を調べても見つけるのが難しいことだと思います。
正しい分裂期染色体を調べることは重要ですが、時には回り道をしてより大きな視点で分裂期染色体の形成過程を調べれば、十分オリジナルな視点を得られるということが平野さんに教えてもらったことです。
平野さんも仁木さんも、ご退職後の人生がお幸せなものであることを祈っております。
参考文献
1.John F. Marko & Eric D. Siggia, Stretching DNA. Macromolecules, 28: 8759-8770 (1995). doi: https://doi.org/10.1021/ma00130a008
2.Elnaz Alipour & John F Marko, Self-organization of domain structures by DNA-loop-extruding enzymes, Nucleic Acids Research, 40: 11202-12 (2012). doi: https://doi.org/10.1093/nar/gks925
3.T. Terakawa, S. Bisht, J. M. Eeftens, C. Dekker, C. H. Haering & E. C. Greene, The condensin complex is a mechanochemical motor that translocates along DNA, Science, 358:672-676 (2017). doi: https://doi.org/10.1126/science.aan6516
4.M. Ganji, I. A. Shaltiel, S. Bisht, E. Kim, A. Kalichava, C. H. Haering & C. Dekker, Real-time imaging of DNA loop extrusion by condensin, Science, 360:102-105 (2018). doi:https://doi.org/10.1126/science.aar7831
5.T. Hirano & T. J. Mitchison, A heterodimeric coiled-coil protein required for mitotic chromosome condensation in vitro, Cell, 79: 449-58 (1994). doi: https://doi.org/10.1016/0092-8674(94)90254-2
6.K. Kinoshita, Y. Tsubota, S. Tane, Y. Aizawa, R. Sakata, K. Takeuchi, K. Shintomi, T. Nishiyama, & T. Hirano, A loop extrusion-independent mechanism contributes to condensin I-mediated chromosome shaping, J. Cell Biol., 221: e202109016 (2022). doi: https://doi.org/10.1083/jcb.202109016
7.T. Yamamoto, K. Kinoshita, & T. Hirano, Elasticity control of entangled chromosomes: Crosstalk between condensin complexes and nucleosomes, Biophys. J., 122: 3869-3881 (2023). doi: https://doi.org/10.1016/j.bpj.2023.08.006
8.K. Shintomi & T. Hirano, Guiding functions of the C-terminal domain of topoisomerase IIα advance mitotic chromosome assembly, Nature Communications, 12:2917 (2021). doi: https://doi.org/10.1038/s41467-021-23205-w
9.T. Yamamoto, K. Shintomi, & T. Hirano, Reorganization of DNA loops by competition between condensin I and a linker histone. Biophys. J., 124:3596-3609 (2025). doi: https://doi.org/10.1016/j.bpj.2025.09.002
プレスリリース:新着情報: コンデンシンはリンカーヒストンと競合してヘテロなDNA構造を形成する~分裂期染色体形成の生物物理の解明に期待~(総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点 特任准教授 山本哲也)
