量子力学のはじまり 水素原子編ー0を1にする物語

tetsu

はじめに

黒体輻射の研究は量子力学を拓く第一歩となりましたが、1905年のアインシュタインの光量子論で進展はいったん止まります。

その代わりに、量子力学の研究対象は、水素原子に移ることになります。

黒体輻射の物語が「0を見つける」物語だとしたら、水素原子の物語は、「0を1にする」物語です。

量子力学の話をするのでしたら、前期量子論から始める必要は全然ありません。

しかし、新しいサイエンスを作る上で非常に示唆深いと思います。

なお、この記事の内容は、朝永振一郎著「量子力学I」に準じています[1]。

水素原子のスペクトル問題

水素原子スペクトル

一般的に、物質は光を吸収しますが、その吸収量は照射した光の波長(色)と物質によります。

吸収量を光の波長の関数として表したものを、吸収スペクトルと言います。

熱輻射の話をした時に、輻射される光の量を波長の関数として表したものをスペクトルということをお話ししました。

もう少しちゃんと区分けをすると、これは輻射スペクトルといいます。

この記事を書くまであまり意識してなかったのですが、歴史的には、水素原子のスペクトルの輻射スペクトルが最初に測定されたようです。

最初に測定した人は、オングストロームだそうです。

放電管という、中を真空にした間に高電圧をかけて、電子を飛ばす装置があります。

そこに水素ガスを封入し、電子をぶつけることにより水素を「励起」します。

ここでは、なんか水素原子の状態を変える程度に考えていただければ大丈夫です。

励起された水素原子は光を放出するので、その光を波長ごとに分けて測定します。

熱輻射は連続的なスペクトルでした。

しかし、水素原子のスペクトルは離散的で、特定の波長の光のみが含まれることが分かりました。

なぜそれが不思議なのかということを説明するためには、水素原子の構造についてお話ししなければなりません。

水素原子の構造と理論的困難

みなさんは、原子の構造を高校の化学などで習ったことがあるかもしれません。

質量の大きい原子核が中心にあり、その周りを電子が運動しているというものですね。

ラザフォードは、ヘリウム原子核を金箔に衝突させたときの散乱をもとに、1911年にこの原子モデルにたどり着きました。

黒体輻射のプランクの式が発表されてから10年後、アインシュタインの光量子論が発表されてから約5年後の話です。

当時、物体の運動法則は、惑星の運動をもとに構築されたニュートン力学(今でいうところの古典力学)がありました。

目に見える程度の物質では大きさによらず、ニュートン力学で運動を予言することができるので、原子核と電子の運動も記述できると考えられます。

原子核は正電荷、電子は負電荷を帯びています。

電荷の間の相互作用を扱う物理学である電磁気学もマックスウェルによって完成していました。

当然、古典力学と電磁気学を組み合わせて原子を理解しようということになります。

電荷間に働く力をクーロン力と言います。

少し似た状況として、太陽と地球は、重力によって引き合うため、地球が太陽の周りを回る運動をします。

同様に、原子核と電子もクーロン力によって引き合うため、電子が原子核の周りを回る運動をすると考えられます。

一方、運動する負電荷と正電荷は、電磁波が放出することが電磁気学によって分かっています。

電磁気学によると、光は電磁波の一種です。

電子の運動によって輻射される電磁波と、水素原子から観察される輻射スペクトルを対応付けたくなります。

光速は不変ですので、光の波長が決まれば振動数が1つに決まります。

電磁気学によると、電子の運動の振動数が輻射される電磁波の振動数に対応します。

しかし、ニュートン力学を使って計算してみると、電子の運動の振動数は初速度によることになります。

別に初速度がとびとびの値になることもなさそうなので、水素原子のスペクトルが離散的になることの説明がつきません。

さらに問題なのは、電磁波が輻射されると、電子はその分のエネルギーを失います。

そうすると、速度も小さくなるので、輻射される電磁波の振動数が小さくなっていきます。

しかし、そんな現象は観察されません。

ニュートン力学と古典電磁気学だけでは、水素原子のスペクトルを説明できないのです。

前期量子論

リュードベリ(Rydberg)の公式

水素原子のスペクトルは離散的だというお話をしました。

19世紀の後半に、数理的なセンスでもって、水素原子のスペクトルの式を導く研究が行われました。

実験には誤差が含まれますので、「正しい」数学を載せるのは難しそうなきがします。

とはいえ、この試みは様々な研究者によってなされました。

高校や大学の物理の講義で原子物理を習った人は、何とか系列(バルマー系列、ライマン系列、パッシェン系列など)がいっぱいあったのを覚えているいらっしゃるかもしれません。

一般的には、リュードベリ(Rydberg)によって、

1λ=Rm2−Rn2\frac{1}{\lambda}=\frac{R}{m^2} - \frac{R}{n^2}

という形が得られました。ここで、λ\lambda は輻射される光の波長で、mmとnnは整数(1, 2, 3, ⋯\cdots)です。

RRはリュードベリ定数と呼ばれ、1.1×107m−11.1 \times 10^7 m^{-1}くらいの値です。

これらの研究やプランクの研究のように、実験から何か新しい物理を作ろうと思うと、実験と理論のインターフェースとして数理的なセンスを必要とするのですね。

ボーアの対応原理

プランクは、数理的センスで黒体輻射のスペクトルの関数系を得て、各波長の光のエネルギーがとびとびの値しかとらないという結論を得たことを以前の記事でお話ししました。

その光のエネルギーの単位は、hνh\nu、つまり、光の振動数ν\nuにプランク定数hhをかけたものでした。

プランク定数hhは、3.34×10−34 m2kg/s3.34\times 10^{-34}~ {\rm m^2 kg/s}くらいの値です。

光の振動数は500 nm500~ {\rm nm}くらいなので、hνh\nuは2×10−19 J≈1 eV2\times 10^{-19}~J \approx 1~{\rm eV} くらいとなります(計算が間違っていたらすみません)。

つまり、1Vのアルカリ単三電池で電圧をかけた時の電子1つ分のエネルギーと同じくらいです。

デンマークのニールス・ボーアは、同じセンスで水素原子の離散的なスペクトルも説明できないかと考えました[1]。

彼は、水素原子中の電子の状態がいずれか「定常状態」にあり、電子が定常状態間を遷移するときに光を放出したり吸収したりすると考えました。

定常状態の正体はこの時点ではよくわからないのですが、nn番目の定常状態にある電子のエネルギーは、

Wn=−Rhcn2W_n =-\frac{R hc}{n^2}

で与えられると考えました。

ここで、c (=3.0×108m/s)c~(=3.0 \times 10^8 {\rm m/s})は光速です。

mm番目の定常状態にあった電子がnn番目の定常状態に遷移するとき、そのエネルギーの差が放出される光のエネルギーに対応するため、

hν=Wn−Wmh\nu =W_n – W_m

となり、リュードベリの公式と対応するということですね。

このように考えると、定常状態の番号nnが大きくなると、電子のエネルギーが高くなることが分かります。

これだけですと、リュードベリの公式を分解しただけです。

しかし、ボーアは、定常状態の番号nnが大きいときには、電子のエネルギーと放出する光の振動数の関係が、古典電磁気学とニュートン力学を使って考えた時と形式が一致することに気付きました。

この関係を使うと、リュードベリ定数は電子の電荷と質量、プランク定数などで表すことができて、その値を使うと測定値と一致したのです。

このように、水素原子中の電子の運動を支配する法則はまだ分からないのですが、少なくともエネルギーが高い状態では、古典電磁気学とニュートン方程式がどうやら成り立ちそうだということが分かりました。

これをボーアの対応原理といいます。

ボーアはデンマーク大学に理論物理学研究所を設立し、そこが量子力学研究の中心地となっていきます。

ボーアの対応原理は、そこで行われた研究の指導原理となっていきます。

このころは、実験で得られた知見とニュートン力学、古典電磁気学をどうにか組み合わせて水素原子中の電子の運動を究明した時代でした。

本当は、ハイゼンベルグとシュレディンガーの話も含めたかったのですが、結構書きましたので、ここで一度締めたいと思います。

また、アップデートの時にでも書き足したいと思います。

参考文献

1.朝永振一郎「量子力学I」みすず書房

ABOUT ME
山本哲也
山本哲也
キンメダイ美術館のサイエンティスト
電子工学で学位を取得後、理論物理学者になるため、ドイツ、イスラエル、中国で修行。現在は、習得した理論物理学を使って遺伝子発現制御のメカニズムを明らかにする研究をしています。研究だけでなく、趣味やいろいろ考えていることなどお話ししたいと思います。
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