分裂期染色体の秘密は変異体から
はじめに
前の記事で、分裂期染色体の形成の必須因子がコヒーシン、トポイソメラーゼII、ヌクレオソームであること、コヒーシンのループ押出し活性を持ち、分裂期染色体形成の主要な機構であるようであるということをお話ししました。
2026年5月現在でも、これが分裂期染色体形成に関して、世界中の研究者が持っている基本的な考え方です。
私がこれまで研究してきた遺伝子発現は、分裂期の間の期間である間期に起きます。
間期には、それぞれの染色体が核内の決まった領域を占めています(染色体テリトリー)。
この構造は、熱平衡状態の高分子とは非常に異なる構造です。
つい最近まで、分裂期染色体が間期の間に緩和しきらないことが染色体テリトリーができる原因だと考えられていました。
私は、DNAの構造や運動によって、どのように遺伝子発現が制御されるかということを知りたかったので、分裂期染色体の形成やその緩和を知っておくことは重要だろうと思っていました
しかし、分裂期染色体の形成の研究は、コンデンシンのループ押出しの発見で少なくとも本質的の部分はできてしまっていて、何をしても後追いになってしまうように思えます。
そもそも、単純に構造形成の問題なので、非常に物理学のセンスともマッチしすぎているので、何かアイデアを思い浮かんだとしても似たアイデアを思い浮かぶ人がいるだろうと思ってしまいます。
そのため、私にとって、分裂期染色体形成の分野は、知っておく必要はあるけれども、自身で研究するべきではない分野だと思っていました。
しかし、転機が訪れたのは、2020年に学術変革領域A「ゲノムモダリティ」に参加し、平野達也さんと共同研究を始めたことです。
ループ押し出しだけで分裂期染色体形成を説明できるか
コンデンシンのループ押出しだけでは分裂期染色体は形成されない
前の記事で、平野さんはカエル卵抽出液にマウス精子核を加え、分裂期染色体を再構成することに成功していました。
また、分裂期染色体形成の主要な因子がコンデンシンであること、その他にもトポイソメラーゼIIとヌクレオソームが分裂期染色体の必須因子であることを見つけられたこともお話ししました。
真核生物のDNAはヒストンとの複合体であるクロマチンを形成していますが、ヌクレオソームはその繰り返し単位であり、DNAがヒストンの8量体に巻き付いた構造を取っています。
トポイソメラーゼIIは、DNAを一時的に切り、また連結することによって、DNAの絡み合いをほどく活性を持つタンパク質です。
カエル卵抽出液からトポイソメラーゼIIとヌクレオソーム形成に必要な因子を取り払った場合、コンデンシンのループ押出しだけで分裂期染色体は形成されるでしょうか。
平野さんと彼のグループの新富圭史さんはその実験を行い、分裂期染色体の代わりに「スパークラー」と呼ばれる構造が形成されることを発見されました[1]。
スパークラーは、マウスの12本のDNAが凝集したコアから複数の突起が伸びている構造を形成しています。
分裂期染色体形成の主要因子であるコンデンシンIの濃度は突起先端で高く、他の部分では比較的低くなっています。
コアの部分ではリンカ―ヒストンH1.8と呼ばれるヌクレオソーム形成に直接かかわらないヒストンの濃度が高いことが分かりました。
リンカ―ヒストンをDNAと混ぜると、凝集体を形成することが知られています。
スパークラーのコアでDNAが凝集している理由は、リンカ―ヒストンの凝集性にあると考えられます。
ループ押出し活性のないコンデンシンでも分裂期染色体形成能が全くないわけではない
平野さんのグループは京大の西山朋子さんのグループと共に、カエル卵抽出液からコンデンシンを取り除き、代わりにループ押出し活性のないコンデンシンを加えた抽出液にマウス精子核を加え、DNAの構造を調べられました[2]。
この変異体コンデンシン抽出液では、少しぼやけた繊維ができるのですが、それでも分裂期染色体のような構造が顕微鏡で観察されています。
変異体コンデンシン抽出液からさらにトポイソメラーゼIIを取り除いた抽出液にマウス精子核を加えると、12本のマウスDNAは非常にコンパクトな「ビーン」と呼ばれる構造を形成します。
ビーンはDNAが凝集したコアの周りにDNA濃度の比較的低いハローが形成されます。
変異体コンデンシンは、コアで濃度が高く、ハローで濃度が高くなっています。
ヌクレオソームはその逆で、コアでは濃度が低く、ハローでは濃度が高くなっています。
変異体実験が与えた示唆
これらの実験結果は、分裂期染色体形成の主要な機構はループ押出しかもしれないが、それで終わりではないことを示唆しています。
コンデンシンのループ押出しが観察されたのは、精製タンパク質とDNAからなる希薄な系です[3]。
コンデンシンが混雑環境の中、ヌクレオソームやトポイソメラーゼIIと相互作用しながらどのように構造形成をするのかということが分からなければ、分裂期染色体の本質はつかめないのでしょう。
絡み合ったDNAでループが形成されると張力が生じる
高分子の絡み合いと変異体分裂期染色体
トポイソメラーゼIIは、DNAの絡み合いをほどく活性があります。
分裂期染色体の変異体でビーンとスパークラーは、トポイソメラーゼIIが減少したときに形成される構造ですので、DNAは絡み合ったままです。
スパークラー論文が出版されたのが2021年、ビーン論文が出版されたのが2022年ですが、ゲノムモダリティの領域会議で少し前にこれらの構造を知っていました。
一方その頃、私はというと、たまたまボスと絡み合った高分子の膨潤と収縮の理論を作っていました[4]。
この理論は、高分子物理で絡み合いを扱うための標準的なモデルであるチューブモデル(管模型)をベースとしています[5]。
この理論は、高分子の濃厚溶液や溶融体の流れの特徴をよく説明します。
ビーンの構造は、ソフトマター物理学でもたびたび出てくるコア―シェル構造ですが、それが形成される実験条件でなんでこんな構造が安定になるのかが分かりませんでした。
また、スパークラーは、そもそも、ソフトマター物理学でもあまり出てこない構造です。
物理学の視点で見ると、野生型の分裂期染色体よりもはるかに興味深い構造です。
トポイソメラーゼIIがないという意味での絡み合いと、高分子物理学でいうところの絡み合いが概念の上で完全に一致しているかということは自明ではありません。
高分子物理でいうところの絡み合いでどこまで変異体の構造を説明できるかという、鉄腕ダッシュ的なノリではじめたのがこのプロジェクトです。
せっかく習ったのだから、自分の問題で使ってみたいですしね。
その方が、習ったことが定着します。
熟練した理論家は、まず頭の中で考えて、うまくいく算段を得てから計算をはじめます。
こちらの方が短期間で理論ができるという効率の他に、できた理論がグダグダにならないというメリットがあります。
しかし、この変異体プロジェクトは、いろいろあって、うまくいく算段を取る前に計算をはじめました。
その結果、かなりの総力戦になりました。
納得いくまで作っては壊し、作っては壊しを繰り返しました。
このプロジェクトに限らず、1つの理論を作るのにかなりの時間が必要になったのは、この頃だったと思います。
理論はシンプルであることが重要ですので、早く作れる理論ほど良い理論になることが多いです。
私の変異体分裂期染色体の理論は、複雑になってしまいましたが、非常に面白い示唆を得ることができたと思います。
また、登場するタンパク質の数が比較的少ないので、物理の人たちに発表しやすいのも良い点です。
発表の中で知らないタンパク質がたくさん出てくると、どれが何だったか分からなくなっちゃいますものね。
高分子ネットワークと絡み合い
絡み合いというと、2本の高分子の相互作用のように思われるかもしれません。
確かに、絡み合いは、高分子が互いにすり抜けられないことが原因となっています。
しかし、チューブモデルでは、ある高分子に注目したとき、その周りの多数の高分子によってチューブ状の領域に束縛されることを絡み合いと言います。
ゴムや高分子ゲルなどの高分子ネットワークは、多数の高分子を化学結合で繋げること(クロスリンク、または、架橋)によって作られます。
クロスリンクすると、高分子は束縛されます。
Edwardsは、絡み合いによって高分子が束縛されることと、クロスリンクによって高分子が束縛されることは、数学的に同等であることに気付きました[2]。
つまり、絡み合いは実効的なクロスリンクと考えることができるのです。
しかし、絡み合いの正体は高分子間の相互作用であり、実効的なクロスリンクと言えど特定の部位が束縛されているわけではないので、実効的なクロスリンクは高分子に沿ってスライドすることができます。
正確には逆で、クロスリンクが止まっていて、高分子がスライドすると考えてください。
高分子科学では、高分子の長さ(つながれているモノマーの数)を表すために、分子全体の質量である分子量を使います。
絡み合いは、絡み合い点間分子量と呼ばれる分子量以上の長い高分子で観察される現象です。
高分子ネットワークにおける絡み合い点間分子量よりもクロスリンク間分子量の方が小さければ、クロスリンクによる束縛の方が強く、クロスリンクが高分子ネットワークの弾性の主な原因となります。
逆に、クロスリンク間分子量よりも絡み合い点間分子量の方が小さければ、絡み合いによる束縛の方が強く、絡み合いが高分子ネットワークの弾性の主な原因となります。
クロスリンクがない場合には、一定の緩和時間の後に絡み合いがほどけてしまいます。
要は、高分子は実効的なクロスリンクをスライドできるので、実効的なクロスリンクが端から抜けてしまうのです。
その時間をレプテーション時間と言います。
レプテーション時間は、高分子の分子量の3乗に比例するので、真核生物のDNAのような非常に長い高分子の絡み合いがほどけるためには、細胞周期よりも長い時間がかかることが見積もられています[6]。
つまり、実験時間(1時間くらい)では、絡み合ったDNAは高分子ネットワーク(ゲル)のようにふるまうということです。
高分子の絡み合いは非常に奥深く、現在も研究が続いていますので、興味を持った方は、ぜひDoi & Edwardsの名著”The Theory of Polymer Dynamics”を読んでみてください[7]。
高分子ネットワークにおける弾性的に有効な鎖と無効な鎖
合成高分子でネットワークを作るためには、溶液中の高分子をランダムにクロスリンクします。
ネットワークを引っ張ると、クロスリンクの位置がネットワークの変形と同じ比率で変位すると考えます(アフィン変形)。
ネットワークを構成する高分子の中には、つながり方によって、ネットワークを引っ張った時に一緒に伸びる高分子と反応しない高分子があります。
反応する鎖を弾性的に有効な鎖(elastically effective chain)、反応しない鎖を弾性的に無効な鎖(elastically ineffective chain)と言います[8]。
無効な鎖ができる典型例は、1本の鎖の中でクロスリンクされ、ループができてしまう場合です。
ネットワークを引っ張るとループは反応しませんので、無効な鎖になるわけです。
絡み合ったDNAにおけるループ押し出し
それではここで、絡み合ったDNAでループ押し出しが起こった時、何が起きるか考えてみましょう。
まず、絡み合ったDNAは、高分子ネットワークのような弾性体として振舞います。
ここで、コンデンシンによってループ押し出しが起こると、ループの部分が弾性的無効鎖となります。
もちろん、DNAの全体の長さは変わりません。
すると、絡み合いによる有効的なクロスリンクの間の弾性的有効鎖の長さが短くなりますので、有効的なクロスリンク間に張力が働きます[9]。
これがこのブログで話したい一番の肝ですね。
DNAは、絡み合いによる有効的なクロスリンクをスライドすることができます。
DNAが発生する張力がどこでも同じになる(つりあう)までスライドするのですね。
その分だけ少し緩和はするのですが、ループ押し出しによって発生するDNA張力は、スパークラーやビーンを考える上で重要です。
絡み合ったDNAのヌクレオソーム形成と解離
ヌクレオソームは、DNAがヒストンの8量体に巻き付いた構造です。
巻き付いている部分は、ミクロなループと考えることができます。
ですので、ヌクレオソームが形成されても、ループ押し出しと同じ要領で絡み合ったDNAに張力が発生します[10]。
このアイデアは、私が思いついたことではなく、共同研究者の平野さんにいただいたものです。
逆に、ヌクレオソームが取れるとDNAの張力が緩和します。
これで、分裂期染色体に必須な因子であるヌクレオソーム、トポイソメラーゼII、コンデンシンが力学という観点で結びつきますね。
変異体実験がなければ、なかなか思つかないことですね。
参考文献
1.K. Shintomi & T. Hirano, Guiding functions of the C-terminal domain of topoisomerase IIα advance mitotic chromosome assembly, Nat. Comm., 12: 2917 (2021). doi: https://doi.org/10.1038/s41467-021-23205-w
2.K. Kinoshita, Y. Tsubota, S. Tane, Y. Aizawa, R. Sakata, K. Takeuchi, K. Shintomi, T. Nishiyama, & T. Hirano, A loop extrusion–independent mechanism contributes to condensin I–mediated chromosome shaping, J. Cell. Biol., 221: e202109016. doi: https://doi.org/10.1083/jcb.202109016
3.M. Ganji, I. A. Shaltiel, S. Bisht, E. Kim, A. Kalichava, C. H. Haering, & C. Dekker, Real-time imaging of DNA loop extrusion by condensin. Science, 360, 102-105 (2018). doi: https://doi.org/10.1126/science.aar7831
4.T.Yamamoto, J. A. Cambell, S. Panyukov, & M. Rubinstein, “Scaling Theory of Swelling and Deswelling of Polymer Networks”, Macromolecules, 55: 3588–3601 (2022). doi: https://doi.org/10.1021/acs.macromol.1c02553
5.S. F. Edwards, “The statistical mechanics of polymerized material”, Proc. Phys. Soc. 92: 9 (1967). doi: https://doi.org/10.1088/0370-1328/92/1/303
6.A. Rosa & R. Everaers, “Structure and Dynamics of Interphase Chromosomes”, PLoS Comput Biol 4: e1000153 (2008). doi: https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1000153
7.M. Doi & S. F. Edwards, “The Theory of Polymer Dynamics”, Oxford Univ. Press, 1988.
8.M. Rubinstein & R. H. Colby, “Polymer Physics”, Oxford Univ. Press, 2003.
9.T. Yamamoto & H. Schiessel, “Loop extrusion driven volume phase transition of entangled chromosomes”, Biophys. J., 121: 2742–2750 (2022). doi: https://doi.org/10.1016/j.bpj.2022.06.014
10.T. Yamamoto, K. Kinoshita, & T. Hirano, “Elasticity control of entangled chromosomes: Crosstalk between condensin complexes and nucleosomes”, Biophys. J., 122: :3869–3881 (2023). doi: https://doi.org/10.1016/j.bpj.2023.08.006
