メカノケミストリーにおける非ニュートン粘性の効果

tetsu

はじめに

メカノケミカル反応とは

私は、有機化学の研究所に所属しているため、メカノケミカル反応による有機合成の研究もしていることを前にお話ししました。

従来手法では、原料である反応物を溶媒に溶かし、溶液中で化学合成を行います。

メカノケミカル反応では、固体の反応物でもそのまま容器に入れて、金属のボールと一緒に機械的に振動することによって化学合成を行います。

メカノケミカル反応による有機合成を研究する分野をメカノケミストリーと言います。

無機化学では昔からあったようなのですが、有機化学では比較的最近の分野です。

毎秒反応によってできる生成物の量を反応速度と言います。

化学反応の理論は、反応速度(または、それに必要な量)を計算することがゴールとなります。

溶液中の反応の理論はかなりそろっています。

しかし、メカノケミカル反応の理論はほとんどないので、コツコツ作ってきているわけです。

メカノケミストリーの理論を作る基本方針

メカノケミカルの「メカノ」は「機械」とか「力学」の意味で、「ケミカル」は化学です。

その名の通り、金属のボールや容器の壁とぶつかって反応物に加わる力が化学反応を進めると考えられているわけです。

そもそも、金属のボールを入れて容器を振動する装置はボールミルといって、物質を砕く装置ですからね。

理論を作るためのヒントは、もうすでに出てきています。

まず、溶液中ではなく固体のままですので、物質の状態が重要な要素となります。

化学反応が起こりますので、それに伴って相転移が起こることもあるかもしれません。

現に、反応の途中で振動を止めて中身を見てみると、反応物と生成物が混ざった、「なんかねばねばしたもの」(cohesive state)ができていることが実験的に観察されています[1]。

それは、反応物と生成物によると思われますが、複数報告があることから、それほど特殊という訳ではないでしょう。

測定したわけではなく、見た目の判断なので、どう扱ってよいかというのは推測するしかないのですが。

また、固体の間の反応はその界面で起こりますので、界面にフォーカスすることも重要でしょう。

そして、メカノケミカル反応では、そのような物質に力が加わります。

固体と液体の中間的な物質の力学を研究する分野があります。

レオロジーです。

そのため、私は、反応物界面に注目して、化学反応速度論とレオロジーを融合させる方針で、メカノケミストリーの化学反応理論を作ってきました。

研究所では、このアイデアは「奇抜」と言われます。

私としては何のひねりもないストレートな考え方だと思うのですが。。。

理論の骨組みに関しては、論文[2]、ブログ記事、プレスリリースで解説しています。

ブログ記事には図をもっと加えて分かりやすくする予定です。

非ニュートン流体のレオロジー

現象論的レオロジーと分子論的レオロジー

先述の通り、レオロジーとは、液体と固体の中間的な材料の力学的性質を明らかにする学問です。

その中でも、レオロジーは、「現象論的レオロジー」と「分子論的レオロジー」に分けることができます。

物質の力学的性質といっても、いくつかのカテゴリーに分けることができます。

現象論的レオロジーは、物質の力学的性質をはかり、カテゴリーごとに分類する学問です。

一方、分子論的レオロジーは、物質の力学的性質と分子の運動や相互作用を結びつける学問です。

今回の話は現象論的レオロジーに近い話です。

弾性と粘性

バネを引っ張ると、その力学的エネルギーはバネに蓄えられ、力を離すと元に戻ります。

この性質を弾性と言います。

固体も弾性を持ちます。

元に戻るということは、バネや固体は引っ張っても元の状態を「覚えて」いなくてはならないことに注意してください。

弾性によって生じる力は、物質の変形(分子の変位)に依存します。

一方、水などの液体に力を加えると流れますが、力をとってもその位置にとどまったままで、元の位置には戻りません。

この性質を粘性と言います。

では、力を加えたとこによる力学的エネルギーはどこに行ってしまったのか?

それは、物質の中には蓄えられず、熱として散逸してしまっているのです。

液体に力を加えたとき、このような性質を持つ力が発生する性質を粘性という、というのがもっと正しい粘性の定義です。

また、元に戻らないということは、元の状態を「忘れて」しまっているということです。

粘性によって生じる力は、物質が変形する速さである変形速度(分子の速度)に依存します。

レオロジーでは、力とエネルギーで固体と液体を考えるのです。

具体例

歯磨き粉(tooth paste)は、レオロジーでよく例に出される物質の1つです。

チューブを押すと、出口から歯磨き粉が出てきますよね。

しかし、力をとっても歯磨き粉はチューブの中に戻りません。

つまり、歯磨き粉は「流れた」わけです。

え、水が流れるのとちょっと違わない?そういうのは流れるって言わなくない?と思った方もいらっしゃるかと思います。

私も最初この話を聞いた時にそう思いましたし、この話をした時の聴講者もそのような反応をする方は少なくありません。

その直感は重要で、水と歯磨き粉の流れ方の違いを考えるきっかけとなると思いますので、持っておいてください。

しかし、元に戻らないという性質は「流れる」に他なりません。

レオロジーのセンスではそのように考える(分類する)と思っておいてください。

流れる様式は違っても、流れるは流れるなのです。

粘性応力とニュートン流体

たとえば、水に力を加えると、それに抵抗する力が発生します。

分子ごとの力の加わり方はその物質の大きさによりますので、力をそれが加わった面の面積で割った量である応力を使うことが多いです。

水が流れることによって発生する応力を粘性応力と言います。

水などのように、粘性応力は変形速度に比例するような流体をニュートン流体と言います。

その比例係数を粘性係数、または、粘度と言います。

例えば、水の粘性係数は0.001 Pa sくらいです。

メカノケミカル反応が起きると、なんかねばねばしたもの(cohesive state)ができる[1]ことを紹介しました。

それは、生成物と反応物の混合体ですが、そのレオロジーの測定はまだありません。

ですので、ニュートン流体かどうかはわからないのですが、これが基本といいますが、基準です。

ことを複雑にする前に、まずニュートン流体で考えると、現象の本質を抽出しやすくなります。

前の理論で生成物相をニュートン流体と考えた[2]のは、このセンスです。

非ニュートン流体

ニュートン流体は、粘性応力が変形速度に比例するような流体でした。

それに対し、非ニュートン流体は、粘性応力が変形速度の非線形な関数になるものです。

そのような流体でも、粘性応力を変形速度で割ったものは、実効的な粘性係数と考えることができます。

もちろん、粘性応力が変形速度の非線形関数なので、実効的な粘性係数は変形速度の関数となります。

非ニュートン流体でも、変形速度を小さくすると、実効的な粘性係数は定数に収束します。

この粘性係数を、ゼロせん断粘度と言います。

そこから、変形速度を増やしていくと、実効的な粘性係数が増えるものと減るものがあります。

実効的な粘性係数が増えるものをシアシックニング流体と言います。

水溶き片栗粉などはシアシックニング流体の典型例です。

ここでいうシック(thick)とは、厚いではなく、濃いの意味だそうです(聞いた話)。

実効的な粘性係数が減るものをシアシニング流体と言います。

マヨネーズなどはシアシニング流体の典型例です。

非ニュートン粘性を考慮に入れたメカノケミストリーの反応速度理論

メカノケミカル反応の反応性への寄与

少し復習ですが、固体の反応物の間の化学反応は、その間の界面で起こります。

そのため、界面には生成物を主な成分として、少し反応物が混ざった生成物リッチ相が形成されます。

生成物リッチ相に浸透した反応物分子が化学反応を起こすので、生成物リッチ相の力学的性質はメカノケミカル反応を考える上で重要です。

そこで、生成物リッチ相を非ニュートン流体と考えたとき、反応速度にどのような影響を与えるかということを調べました。

私たちの理論では、加えた応力の効果として、生成物リッチ相の物質の流れ―つまり、系のジオメトリーの変化のみを考慮に入れています。

そのため、反応律速の時には流れの効果はないのですが、拡散律速の時に流れが濃度勾配を大きくすることで反応に寄与します。

シアシニング流体の場合には、ニュートン流体の場合と比べて応力の効果が増幅されることが分かりました。

一方、シアシックニング流体の場合には、ニュートン流体の場合と比べて応力の効果が減衰すしました。

まあ、シアシニング流体は、変形速度によって実効的な粘性係数が減少する流体ですので、力の効果が増幅されるのは直感的、というか、当たり前ですよね。

非ニュートン流体は、塑性や粘弾性よりもシンプルですので、レオロジーを本格的に研究するための第一歩という位置づけです。

せん断流と伸長流のカップリング

非ニュートン粘性効果を調べた論文を雑誌に投稿したら、査読者の先生が非常に良い指摘をしてくれました。

物質に加える応力には、伸長応力とせん断応力があります。

今考えている応力は、負の伸長応力(つまり、つぶす方向)です。

ニュートン流体の場合には、応力が変形速度に比例するので、伸長応力の効果とせん断応力の効果が独立であり、それらの効果を別々に調べて後で足すということができます。

しかし、非ニュートン流体の場合には、応力が変形速度の非線形関数ですので、伸長応力の効果とせん断応力の効果が独立でなく、せん断応力が伸長応力の寄与にも影響を与えますし、逆もしかりです。

参考文献

1.B. P. Hutchings, D. E. Crawford, L. Gao, P. Hu, & S. L. James, Feedback Kinetics in Mechanochemistry: The Importance of Cohesive States. Angew. Chem. 56:15252-15256 (2017). doi: https://doi.org/10.1002/anie.201706723

2.T. Yamamoto, K. Kubota, Y. Harabuchi, J. Jiang, & H. Ito, Crossover of limiting processes in mechanochemical reactions under flow driven by applied mechanical stress. Chin. Phys. B, 35, 078201 (2026). doi: https://doi.org/10.1088/1674-1056/ae5db4   プレスリリース

ABOUT ME
山本哲也
山本哲也
キンメダイ美術館のサイエンティスト
電子工学で学位を取得後、理論物理学者になるため、ドイツ、イスラエル、中国で修行。現在は、習得した理論物理学を使って遺伝子発現制御のメカニズムを明らかにする研究をしています。研究だけでなく、趣味やいろいろ考えていることなどお話ししたいと思います。
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