メカノケミストリー

ボールミルによるメカノケミカル反応の物理化学

tetsu

はじめに

いろいろ忙しかったり新型コロナにかかったりなどでなかなかブログの更新ができませんでしたが、ようやく時間を見つけたので更新します。

あと、いまはいろいろなブログ記事が乱雑に配置されているフロントページをどうにかしたいですね。

それはともかく、メカノケミストリーの律速過程に関する論文がアクセプトされましたので、それについてご紹介させていただきます。

現在の所属が有機化学の研究所なので、このような研究もしなくてはならないのです。

しかし、遺伝子発現制御の研究の本質と共通の本質があることに気付いて始めた研究なので、化学を専門としている方が気づかないポイントが含まれていると思っています。

これまでも断片的にご紹介させていただいたのですが、当時は今よりもブログの書き方が分かっていなかったので、かなり表面的な内容になっていました。

論文がアクセプトされたことで詳しい内容をお話しできるようになったので、前の記事をリメイクしてもよかったのですが、折角なので新しく書き直したいと思います[1]。

時系列でいうと、私は実験を見ずに理論を作って、後である程度実験の特徴を捉えていることを知ったのですが、分かりやすくするためにまず、実験の話からしましょう。

メカノケミカル有機合成とは

従来の有機合成では、反応物を有機溶媒に溶かして反応させる合成法が一般的でした。

そのため、現存の化学反応論のほとんどは、希薄溶液中の反応を前提としています。

一方、メカノケミカル有機合成は、有機溶媒を使わない、あるいはごくごく少量しか使わない合成法です。

反応物と触媒などの反応に必要な物質を純物質のまま、金属のボールと一緒にチャンバーに入れ、激しく振動させるボールミルという装置を使って有機分子を合成します。

反応物の純物質が固体の場合、固体のまま反応させますが、ごくごく少数の溶媒を一緒に加えると反応が加速することが知られています[2]。

従来の合成法では、有機溶媒を使って反応をコントロールできることが利点でしたが、大量の有機溶媒が廃棄物となってしまうことが欠点でした。

また、有機溶媒に溶けない分子であっても反応させることが可能ですし、しばしば従来法よりも速く反応が進みます。

反応物粒子は、金属ボールやチャンバーの壁と衝突することによって力が加わります。

その力学的エネルギーによって反応が進むと考えられてきたため、メカノケミストリーとかメカノケミカル反応とか呼ばれたりします。

メカノケミカル反応は複雑な進み方をする

同じ反応を希薄溶液とメカノケミストリーで行い、反応がどのように進行するかということを調べた実験があります[3]。

希薄溶液中の反応では、多くの場合、反応がすすむにつれて反応物の数が減っていくので、時間とともに反応が減速していきます。

一方、メカノケミカル反応は、初期には反応速度が遅く、徐々に加速していきます。

ある程度反応が進みますと、今度は減速して反応がとまるという進み方をします。

メカノケミカル反応のこの複雑な進み方はいろいろな反応で観察され、様々な考察がなされています。

しかし、メカノケミカル反応を物理化学的に定式化し、この進み方を説明した理論はありませんでした。

固体の反応は界面で起こり、生成物相が形成される

この記事で扱うのは、反応物AとBが反応して生成物ABができる

A+BAB{\rm A + B \to AB}

というような簡単な反応です。

反応物A、Bともに固体の場合を扱います。

今のところこのような反応しか扱ってないのですが、違うタイプの反応にもカスタマイズできると思います。

従来の希薄溶液中の反応とは異なり、反応物固体粒子はすぐには混ざらないので、反応は固体の界面で起こり、そこに生成物ができます。

分子間相互作用が分子熱運動よりも大きくなった時に物質は固体になります。

反応物固体が固体状態を作れるのは、それぞれの粒子がAまたはBの純物質だからです。

ここで、生成物ができて、生成物が混ざり始めると純物質固体状態が維持できなくなり、反応物と生成物の共晶か液体になってしまいます。

簡単のために、液体になる場合を仮定して話を進めます。

実験でも、反応によって「ねちょねちょの何か」ができることが報告されていますし[3]、実験をしている人たちにとってはいつものことのようです。

このような生成物と反応物が混ざった液体状態は、生成物が主な構成要素となっているので、生成物リッチ相(product-rich phase)と呼ぶことにします。

論文を出すと、査読者に生成物リッチ相ではなく、生成物リッチ層と書き直せといわれることがよくあるのですが、これはれっきとした相です。

つまり、生成物リッチ層は、反応物固体A、Bと共存状態となっています。

これは何を意味しているかというと、生成物リッチ層と反応物固体相の界面では、それぞれの反応物の分率(濃度)と生成物の分率(濃度)が共存条件によって決まっているということです[4]。

メカノケミストリーの反応速度を考えるとき、この共存条件が第一原理になるというのが私が作っている理論の骨子となります。

固体の間の反応は界面で起こりますが、界面には生成物リッチ相が形成されますので、反応速度は反応物分子がどれくらい生成物リッチ相に溶けることができるか(つまり、溶解度)によって決まります。

固体の化学反応を調べるためには、浸透が重要な要素となるということですね。

この考え方を思いついたのは、メカノケミストリーによる固体の反応が、RNAの核内構造体形成[5]と共通の本質があることに気付いたからでした。

実は、2020年からメカノケミストリーの研究を始めて、その年の間に論文[4]をまとめたのですが、査読者に「DFT(密度汎関数法)を使っていないからレベルが低い」などと言われて雑誌に掲載することができませんでした。

当時は、反応物に加わる力がメカノケミカル反応のドライビングフォースだと考えられていたからです。

しかし、実験が進んで、力学的エネルギーはむしろ反応物を混ぜるために必要であると認識されるようになってから、だんだん私の理論のようなものも雑誌に掲載されるようになってきました。

粒子に加わる力の寄与

メカノケミカル反応では、反応物粒子が金属ボールやチャンバーの壁と衝突するため、力が加わります。

前節では、反応物粒子が固体であることに注目した理論を紹介しましたが、加わる力の寄与については考慮に入れていませんでした[4]。

物質、特に、液体や固体などの凝縮系の力学的性質を明らかにする学問分野をレオロジーといいます。

物質の変形や流れを扱う分野です。

私たちは、化学反応論とレオロジーを融合して、メカノケミカル反応の物理化学理論を構築することにしました[6]。

前節では、固体反応物粒子の反応はその界面で起こり、結果として生成物リッチ相が形成されることを紹介しました。

簡単のために生成物リッチ相が液体の場合について解析を行ったのですが、そこに力が加わるとどんなことが起こるでしょうか?

液体に力が加わるので、生成物リッチ相には流れが生じます。

実は、力の効果としていろいろなことが考えられますが、ここでは簡単のために生成物リッチ相で発生する流れのみに注目することにします。

生成物リッチ相の物質が固体粒子界面から流れ出てしまうので、生成物リッチ相の厚さが小さくなります[6]。

その結果起こることは、系のダイナミクスを決定するプロセス(律速過程)が反応か拡散かということに依存します。

反応によって律速される場合には、反応物分子はAもBも生成物リッチ相の中に一様に分布し、反応速度は生成物リッチ相の中の反応物の分率のみによって決まるので、力を加えたとしても特に反応速度に影響を与えません。

一方、拡散に律速される場合には、反応までに拡散しなければならない距離が短くなりますので、力によって反応が加速されることが分かりました。

メカノケミカル反応の律速過程

前節で紹介した理論の結論は、系に加わる力の寄与は、そのダイナミクスの律速過程によるというものでしたが、その条件でどちらの律速過程になるかということについては議論していませんでした。

そもそも、私は、反応律速に興味がありませんでした。

なぜならば、希薄溶液の反応は、多くの場合反応律速であり、化学でいうと「普通」のことだからです。

普通のことは誰でもできるし、誰がやっても同じなので、やってもしょうがないと思っていました。

それに対して、前述の通り、反応物が固体であることや力の寄与は拡散律速の時に顕著になるので、それがボールミルによるメカノケミカル反応の本質なのだろうと思っていたわけです。

しかし、共著者の1人の原渕祐さんがどうしてもやってほしいというので、反応律速の場合の計算もやってみました。

反応律速は、拡散が非常に早く、反応物の分布が速やかに熱平衡状態に落ち着く極限です。

つまり、反応物A分子も生成物分子も、反応物粒子Bの奥まですぐに拡散してしまうということです。

その計算を見せると、原渕さんは非現実的だというので、どの条件で反応律速となり、どの条件で拡散律速になるかということを計算してみました[1]。

その結果、速やかに系全体が熱平衡状態になるわけではないが、生成物リッチ相の中では熱平衡状態が達せられて、反応物粒子B内に反応物粒子Aがある侵入長だけ侵入するという中間状態(マージナルと呼ぶ)があることが分かりました。

その侵入長は、反応物分子が反応が起こるまでに拡散する距離である拡散長に対応します。

反応物粒子の大きさが拡散長より小さい場合には、分子が反応物粒子の奥まで侵入できるので、反応律速となります。

一方、反応物粒子の大きさが拡散長よりも大きい場合には、マージナルから反応が始まることとなります。

反応が進んで生成物が増えるにつれて、生成物リッチ相の厚さが厚くなります。

マージナルでは、反応が主に生成物リッチ相で起こりますが、反応が起こる部分の体積が増えるので、時間とともに反応が加速します。

生成物リッチ相が厚くなると、反応が起こるまでに分子が拡散しなければならない距離が長くなり、あるところで拡散律速となります。

力が小さいときには、生成物リッチ相は厚くなり続けるので、反応速度が減速していきます。

一方、力が大きいときには、生成物リッチ相の流れによってこの層の厚さが小さくなる効果と、反応によって生成物リッチ相が厚くなる効果が釣り合い、反応速度が一定になります。

反応終期に系全体が生成物リッチ相になると、残りの反応物分子が反応しますが、分子が少なくなっていきますので、反応が減速します。

実験的に観察された、反応初期には時間とともに加速し、反応終期に減速するという、メカノケミカル反応の複雑な進み方は、マージナルから拡散律速に律速過程が切り替わるからだということが分かりました。

しかし、今のところ、実験とは定性的な比較にとどまっています。

もっと定量的な比較ができれば、メカノケミカル反応の進み方についてもっとわかるかもしれません。

また、拡散律速の状態は反応中期で起こりますが、この時に力の寄与が顕著です。

加える力を変えたとき、どの時間スケールで反応に寄与するかということを実験的に調べることもこの理論を検証する1つのポイントだと思っています。

興味を持っていただけたら、プレスリリースもご覧ください。

理論のカスタマイズ性

とはいえ、我々の理論は、反応物粒子が固体であることを考慮に入れ、化学反応速度論とレオロジーを組み合わせたものですので、反応のタイプ、溶解性、レオロジー、アンサンブルに関していろいろカスタマイズすることができます。

検証実験をして、どの条件で計算するのがベストかわかれば、我々の理論をそちらの方向にカスタマイズすることができます。

掲載した雑誌について

本研究は、Chinese Physics Bという、ややマイナーな雑誌に掲載された論文の解説です[6]。

なぜChinese Physics Bに投稿したかというと、お世話になった先生の退官記念号に招待されたからです。

Chinese Physics Bは中国物理学会の雑誌ですので、日本の物理学会誌であるJ. Phys. Soc. Jpnに論文を掲載するのと同じ感覚だと思います。

とはいえ、手を抜いたつもりは全然なく、もしこの理論が実験と定量的に合うことが示されたら、分野のマイルストーンとなるものです。

論文掲載にかかったお金は、なんと0円です。

最近は、NatureやScienceといった、「レベルの高い」雑誌に論文を載せることがステータスとなっています。

その中には、非常に掲載料の高い場合も多々あります。

その財源はどこからきているかというと、多くの場合、税金です。

このような雑誌に論文を掲載できると評価され、研究費やポジションを獲得しやすくなりますので、みなさんこぞって論文を掲載したがるのですが、そのような雑誌のほとんどは海外誌なので、税金が海外に流出していることになります。

評価システムを変えて、日本の雑誌に良質な論文を増やし、日本が儲かる仕組みを作ればいいなとも思ったりもするのですが、まねまね論文が海外誌に掲載され、そちらが有名になってしまう未来も見える気がします。

むずかしいですね。

この問題に対する納税者の皆様のご意見を聞いてみたくもあります。

参考文献

1.T. Yamamoto, K. Kubota, Y. Harabuchi, J. Jiang, & H. Ito, Crossover of limiting processes in mechanochemical reactions under flow driven by applied mechanical stress. Chinese Physics B. doi: https://doi.org/10.1088/1674-1056/ae5db4   プレスリリース

2.K. Kubota, T. Seo, K. Koide, Y. Hasegawa, & H. Ito, Olefin-accelerated solid-state C–N cross-coupling reactions using mechanochemistry. Nature Communications, 10: 111 (2019). doi: https://doi.org/10.1038/s41467-018-08017-9

3.B. P. Hutchings, D. E. Crawford, L. Gao, P. Hu, & S. L. James, Feedback Kinetics in Mechanochemistry: The Importance of Cohesive States. Angew. Chem. 56:15252-15256 (2017). doi: https://doi.org/10.1002/anie.201706723

4.T. Yamamoto, K. Kubota, & H. Ito, Dissolution-limited reaction in solid state synthesis. J. Rheol. Soc. Jpn., 52, 161-170 (2024). doi: https://doi.org/10.1678/rheology.52.161

5.T. Yamamoto, T. Yamazaki, & T. Hirose, Phase separation driven by architectural RNA transcripts. Soft Matter, 16, 4692-4698 (2020). doi: https://doi.org/10.1039/C9SM02458A

6.T. Yamamoto, K. Kubota, Y. Harabuchi, & H. Ito, Scaling theory for the kinetics of mechanochemical reactions with convective flow. RSC Mechanochem., 2, 230-239 (2025). doi: https://doi.org/10.1039/D4MR00091A プレスリリース

ABOUT ME
山本哲也
山本哲也
キンメダイ美術館のサイエンティスト
電子工学で学位を取得後、理論物理学者になるため、ドイツ、イスラエル、中国で修行。現在は、習得した理論物理学を使って遺伝子発現制御のメカニズムを明らかにする研究をしています。研究だけでなく、趣味やいろいろ考えていることなどお話ししたいと思います。
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