量子力学が作られたきっかけのものがたり―黒体輻射

tetsu

はじめに

私が名古屋大学の助教をしていた時に、理論物理学者であるのにも関わらず、学生実験の担当をしていたことがありました。

担当は、「ステファン―ボルツマンの法則」という法則を実験で確かめるというものでした。

熱を持った物体から光が放射される現象を熱輻射と言います。

ステファン―ボルツマンの法則は、熱輻射のエネルギーは、その物体の絶対温度の4乗に比例するというものです。

熱輻射の研究は、20世紀に量子力学という物理学の革命を引き起こすこととなります。

量子力学は、皆さんが使っているパソコンやスマホの中核であるトランジスタやディスプレイなどに用いられている発光ダイオードが動く原理で、今の情報化社会を支えています。

そのため、量子力学が作られた原因という立場で、熱輻射を教えることが多いと思います。

私が担当した学生実験もそうでした。

私が所属していた物理工学科では、量子力学をベースとした研究をしている研究室が多かったので、当然ですね。

大学で量子力学の講義を受けた方は、黒体輻射(または、黒体放射)という名前で習った方も多いかと思います。

多くの場合、大学の講義は黒体ありきで始まるので、黒体とは何か、なんでそんなものを考える必要があるか、実際の物質とどのような関係にあるかということは意外に知られていないと思います。

黒体輻射の講義をしたこともあるであろう著名な教授たちに話しても、知らなかったという反応が返ってくることがあります。

しかし、それはただマニアックな話ということもなく、非常に重要な示唆が含まれているので、ここでは、やや標準でない熱輻射の話をしたいと思います。

黒体輻射の問題とは

放射される光の色から物質の温度が分かる

名古屋の科学館にはプラネタリウムがあり、休日にはある程度長い列ができるほど人気でした。

そこでは、もちろん様々な星座や星の解説が行われます。

たとえば、おおいぬ座のシリウスは約20000C{\rm {}^\circ C}、さそり座のアンタレスは約3500C{\rm {}^\circ C}と紹介されます[1,2]。

なんで星の温度なんて知ることができるのでしょうか?

まさか、その星まで行って温度計をつっ込んで測ってきている訳じゃないですよね。

シリウスは青白く、アンタレスは赤く光る星です。

そう、星の温度は、その星の色から予測することができるのです。

熱輻射の研究が始まった19世紀には、製鉄業が盛んでした。

製鉄業では、溶鉱炉の温度管理が重要ですが、当時は職人さんが溶鉱炉の色を見て適切な温度を判断していました。

そこで、色と温度の関係を明らかにしよう、というのが熱輻射の研究のモチベーションでした。

今だったらAIでということになるのでしょうが、当時はそんなものもありません。

実験と理論という古典的な物理学のアプローチで取り組まれたのでした。

物質の色は放射される光の波長で決まる

色と温度の関係を明らかにするのに、まず物質の色についてお話ししたいと思います。

我々は、物質から輻射される(または、反射される)光の波長を、その物質の色として認識します。

熱輻射が研究されていた19世紀に、光が電磁波の一種であることが明らかになっていました。

波は、振幅AAと波長λ\lambdaという二つのパラメータによって表されます。

そのうちの波長が色に対応するのですね。

ちなみに、振幅は光の強さに対応します。

一般的には、物質から輻射される光は、さまざまな波長の光が混ざり合っています。

ディスプレイでは、Red(赤)、Green(緑)、Blue(青)の三色の光を混ぜるだけで様々な色を表現できるように、混ざり方によってさまざまな色となります。

とはいえ、ある波長の光が他の波長の光と比べて非常に多く混ざっている場合には、その波長の色に近くなります。

それぞれの波長の光がどれくらい混ざっているかということを表すグラフをスペクトルといいます。

熱輻射の問題は、物質の温度とそれから輻射される光のスペクトルの関係を調べる問題です。

キルヒホッフの法則

とはいえ、物質から放射される光のスペクトルは、温度だけではなく、どの物質を使うかということにもよります。

そこで、キルヒホッフは、熱平衡状態にある二つの物質から輻射される光のスペクトルの関係を調べました[1]。

輻射される光を通す通路(導波路)以外には、その二つの物質は絶縁されているとしましょう。

また、その通路には特定の波長の光しかとおらないフィルターを入れておくことにします。

熱平衡状態では、物質に入ってくるエネルギーは、その物質から出ていくエネルギーと等しくなります。

この条件から、二つの物質から輻射される光のスペクトルは一般的に異なるけれども、それを吸収率で割ったものは物質によらないことが示されます。

一般的に、吸収率は波長に依存します。

そのため、物質から輻射される光のスペクトルを吸収率で割ったものは、もとのスペクトルよりも少しひずんだ形になります。

それが物質によらないということですので、すべての波長について吸収率が1であるような物質から輻射される光は、そのひずんだスペクトルになるはずです。

すべての波長について吸収率が1であるような物質は、光を輻射していなければ黒いはずなので、「黒体」とよびます。

熱輻射を議論する上で物質の理想化したものが黒体なのです。

黒体輻射と空洞輻射

物質から光が輻射されると、その物質の持つエネルギーが下がるため、物質の温度も下がっていきます。

しかし、それは熱輻射を議論する上で本質ではないため、キルヒホッフはさらにこの問題を理想化します。

彼は、光を反射する壁に囲まれた空間を考えました。

その壁には小さな穴があけられており、外部に光を出したり、外部から光を取り込んだりすることができますが、その量はほんの少しです。

このような空間を空洞と呼びます。

空洞から輻射される光のスペクトルは、黒体から輻射される光のスペクトルと等しくなります。

キルヒホッフは、熱輻射の問題の本質をつかみ、解ける形に定式化したのです。

キルヒホッフは応用物理学のお手本だと思う

黒体輻射と聞いて、キルヒホッフを連想する人は少ないでしょう。

どちらかというと、電気回路の人というイメージがあるかもしれません。

実は、彼はそのほかにも、黒体輻射や板の曲げなど、さまざまな成果を残しています。

工学の問題を物理に落とし込んでいるところが特徴です。

今の工学では、量子力学や電磁気学などの既知法則を基礎とした応用の研究や、実験をやって終わりという研究が多いのです。

不変量を見つけることにより、工学の中に物理を見つける姿勢は、応用物理学や物理工学として示唆深いのではないでしょうか。

私の学生実験は、物理工学科の学生を対象としていたので、キルヒホッフのお話も紹介しました。

黒体輻射の解

最新理論を組み合わせる―レイリー―ジーンズの式

ここからは、やや標準的な話になります。

19世紀末期、1900年に、レイリー卿とジーンズが、当時の最新理論である電磁気学と統計力学をつかって空洞輻射の問題を解きました[3]。

当時の統計力学は、マクロな物質の運動と同じ法則(古典力学)に従って分子が運動すると仮定し、分子論の立場からマクロな物質の性質を定式化したものです。

古典力学を基礎とした統計力学では、エネルギー等分配則という、自由度ごとに振り分けられる熱エネルギーが等しいという法則があります。

光の進行方向、偏向(進行方向に対して振動している向き)、波長を光の自由度と考え、エネルギー等分配則を当てはめたのです。

レイリー卿とジーンズが求めた輻射スペクトルの式をレイリー―ジーンズの式と言います。

結構スタンダードな考え方だと思うのですが、この理論は、長波長の部分しか実験と合わないことが分かりました。

しかし、最初のアプローチとしては、最新理論を組み合わせてみるというのは正しいのだと思います。

熱力学の強さ―ウィーンの変位則

熱力学は、統計力学の少し前に完成された学問で、マクロな系の一般法則を明らかにました。

ウィーンは、電磁気学と熱力学を組み合わせて、空洞輻射のスペクトルの問題に取り組みました[4]。

分子論に基づいた統計力学とは異なり、分子の運動法則を仮定しないのですが、その分、得られる情報量はあまりありません。

スペクトルは、光の混ざり具合を波長の関数として表したものです。

いろいろな温度で実験を行うと、異なるスペクトルを得ることができます。

波長に温度をかけて、光の混ざり具合に温度の三乗を割ってやると、すべて同じ関数(マスターカーブ)になることが熱力学によって示すことができます[4]。

実験結果にこの操作をしてやると、あら不思議、いろいろな温度の結果が一致するではありませんか。

ただ、一致するまでは言えるのですが、ここが熱力学の弱点、マスターカーブ自体は予言できないのです。

大学の講義では、統計力学を熱力学の上位互換として習うこともあるかと思います。

しかし、レイリ―ジーンズの式が長波長側でしか実験と合わなかったのに対して、ウィーンの変位則はすべての波長で成り立つので、そうとも言えないことが分かると思います。

なぜかというと、統計力学は、分子論の他に分子の運動法則を仮定しています。

熱力学はミクロな詳細によらない一般論である点で強力なのです。

予言できることは限られてますが。。。

数理を笑うものは発見を逃す!?-プランクの法則

最終的に黒体輻射のスペクトルの式は、プランクによって発見されました。

プランクはどのように見つけたかというと、かなり当てずっぽうだったそうです[4,5]。

熱力学、統計力学、電磁気学のような理論から導いたわけでなく、数学を載せてみたというセンスですね。

よく数理の人たちが使う方法です。

しかし、プランクの偉かったところはそれで終わりにせず、その式が正しいとするならばどのような仮定を必要とするか考察したところです。

電磁気学では、光のエネルギーは連続な量と考えます。

光のエネルギーが飛び飛びである(量子性)と仮定すれば、プランクが得た式を導くことができます。

それでも、プランクは光のエネルギーが飛び飛びの値を取るのではなく、光と相互作用する空洞の壁の状態がとびとびの状態を持つと考えたようです。

プランクのこの仕事をきっかけとして、量子力学が構築されていくことになります。

そのため、プランクは量子力学の父と呼ばれたりします。

光量子論

当時の最新理論であった電磁気学によると、光は電磁波の一種であり、波の性質を持っていると考えられていました。

波は連続であり、1つ2つと数えることができないものであると物理学では考えます。

アインシュタインは、光が実は粒子(光量子)としての性質をもつという光量子仮説を提案しました。

この仮説を発表した論文は、当時の物理学者にあまり理解されなかったといいます[5]。

アインシュタインの光量子仮説以降、黒体輻射の研究はあまり進展を見せず、水素原子に研究対象がシフトします。

量子力学は、水素原子をもとに組み立てられることになります。

光量子論が発表されてから17年ほどたった後、コンプトンが行った実験で光が粒子としての性質を持つことが示唆され、光量子論が再び脚光を浴びるようになります。

現在では、光の量子は、光子(フォトン)と呼ばれています。

量子力学ができた後、ディラックによる電磁場の量子化によって、光子の基礎づけがなされます。

ちゃんとやろうとすると、黒体輻射の問題は、電磁場の量子化の問題となります[3]。

人類が初めて直面した量子力学の問題は黒体輻射だったのですが、後から見ると、だいぶ難しい問題から始めてしまったのですね。

参考文献

1.ウェザーニュース

2.国立科学博物館のホームページ

3.田崎晴明、統計力学(1)(新物理学シリーズ37)、培風館、2008. Amazon

4.朝永振一郎、量子力学I、みすず書房、1969. Amazon

5.マンジット・クマール、量子革命-アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突-、新潮文庫、2022. Amazon

ABOUT ME
山本哲也
山本哲也
キンメダイ美術館のサイエンティスト
電子工学で学位を取得後、理論物理学者になるため、ドイツ、イスラエル、中国で修行。現在は、習得した理論物理学を使って遺伝子発現制御のメカニズムを明らかにする研究をしています。研究だけでなく、趣味やいろいろ考えていることなどお話ししたいと思います。
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