中国でのこと
はじめに
最近、トランプさんが、アメリカの名だたる企業のCEOと米中会談に臨みました。
世界がAI産業の成長に投資する中、半導体のためのレアアースと世界の半導体製造を一手に引き受けている台湾の情勢が気になるところです。
ところで、私は2013年の8月から2015年の3月まで中国の北京航天航空大学でポスドクをしていました。
当時の中国は非常に好景気で、ビルはどんどん建つし、政府はサイエンスにもどんどん投資していました。
サイエンスにおける中国のプレゼンスを示さなければならない時代だったので、基礎研究にも割とおおらかだったと思います。
中国は社会主義の国だったこともあって、食事をするには非常に安上がりでした。
私は、中国に行くまでは自炊だったのですが、中国で完全にその習慣がなくなるほどでした。
しかし、中国の料理はどれも油ギトギトで、体が悲鳴を上げてサントリーの烏龍茶(セブンイレブンで購入)が異常に飲みたくなることもありました。
餃子は水餃子なので、それが一番さっぱり目だったと思います。
中国では、インターネットアクセスはすべて監視されています。
そのためだと思いますが、ネット通信は非常に重いです。
私がいる間にg-mailが使えなくなりましたが、それまでは問題なく使えていたのに、本当に一晩で使えなくなったのを覚えています。
Googleがだめになってから何の検索エンジンを使っていたのかよく覚えていません。
激・競争社会
中国の大学や研究所では非常に競争が激しく、勝つために周りの人とは話さない、情報は渡さないという人が多かったのを記憶しています。
このような状況でしたので、中国人研究者の間で共同研究はほとんど起きない状況でした。
何の競争をしているかというと、論文をトップジャーナルに載せる競争です。
当時は、Natureに論文を出せば教授になれるという状況でした。
「Natureに何度も採択されているので、○○の分野はinterestingだ」というような、それ自分で言ってて疑問に思わんの?と思うようなことを言う人もいました。
それは、激・競争社会の中国に特徴的な現象・・・と思っていたのですが、北大に来て、日本も同じだと気づいてしまいました。
現在の所属では、評価に応じて給料が変わるのですが、その項目のひとつにトップジャーナルに論文を掲載しているかというものがあります。
10年前の中国を追いかけるんですね。
私は、土井正男先生率いるCenter of soft matter physics and its applicationに所属していて、自分自身もボスも外国人ですし、特に中国人に勝ちたいとかそういうことはなかったので、競争には参加していないつもりでした。
でも、我々のセンターからトップジャーナルを出さなければならないことにはなっていて、Natureと名の付くものであればなんでもいいということだったので、最初の論文は、Nature Communicationsに提出することにしました。
物理では、いつものジャーナルにコンスタントに論文を出すことが重要だと考える文化が(少なくとも当時は)ありましたので、Natureなんて通るわけないと思っていました。
しかし、自分がまだ知らないNatureに通るために必要な指摘を査読者からもらうためには、まず自分で分かる穴はすべてふさぐ必要があると思いました。
それが分かれば、たとえ私の論文がNature Communicationsに採択されなくても、次にチャレンジする人の糧になると思っていました。
そこで、自分のこれまでの経験をフル動員したほか、Nature Communicationsの論文を読み漁ったり、ウェブサイトを見て採択基準をチェックしたりして、その時点での自分のベストのものを仕上げました。
そしたら、Nature Communicationsに採択されてしまいました[1]。
その情報は、大学に知れ渡ることとなり、見ず知らずの人によく声をかけられるようになりました。
なんで私の顔を知ってるのだろう?
その後、センターの中国人研究者には、しばらく嫉妬の目で見られるようになりました。
しばらくしてその嫉妬の目もなくなり、どちらかというと感謝されるようになりました。
おそらく、土井先生が、このNature Communications論文がセンターの維持に役立ったというようなことを言ってくれたのだと思います。
センターには、わりと優秀な人がそろっていたように思えます。
みんな海外での研究経験があって、日本の大学よりもだいぶ健全だったと思います。
研究費も人材も豊富で、量と時間では、アメリカと中国には太刀打ちできません。
そうすると、日本はアイデアで勝つしかありません。
中国筆の静水学
中国科学院化学研究所の江雷(Jiang Lei)先生は、ウェッティング(濡れ)を中心としたさまざまなサイエンスを展開していました。
Jiang先生は土井先生と共同研究することに興味を持ってらっしゃって、彼らの実験を見せてくれました。
その中で、イオン電流の整流性(順方向には電流が流れるけれども、逆方向には流れない)を実現するのチャネルの実験的研究があり、先ほど紹介させていただいたNature Communications論文につながりました[1]。
また、イスラエルのDavid Andelmanさんがよく私たちのセンターを訪ねてきてくれて、電圧を加えることによって水の濡れ性が変化するエレクトロウェッティングに関する共同研究を行いました[2]。
Jiang Lei先生は、その他にも、習字の筆を使って半導体的な性質を示す有機分子のパターニングする研究をされていました[3,4]。
ユニークですよね。
先っちょを切ってしまった筆を墨につけて持ち上げると、先端に墨が液滴を作ってしまい、ぼたっと半紙に落ちてしみになってしまうので、不便ですよね。
筆を構成するそれぞれの毛の先端はとがっているのですが、Jiang先生のスタッフであるHuan Liu先生は、毛の先端の形状をパターニング技術に応用する研究をされていました。
これはこれで面白いのですが、毛一本の濡れと毛の集合体である筆が液体を保持するのは全く違う現象だと思ったので、筆が水を保持するメカニズムを理論的に示す研究も行いました[5,6]。
そんなことが分かってないの?と思われると思いますが、これが奥が深いんですよね。
参考文献
1. T. Yamamoto and M. Doi, Electrochemical mechanism of ion current rectification of polyelectrolyte gel diodes, Nat. Comm., 5: 4162 (2014). doi: https://doi.org/10.1038/ncomms5162
2. T. Yamamoto, M. Doi, and D. Andelman, Contact angle saturation in electrowetting: Injection of ions into the surrounding media, Europhys. Lett., 112: 56001 (2015). doi: https://doi.org/10.1209/0295-5075/112/56001
3. Q. Meng, Q. Wang, H. Liu, and L. Jiang, A bio-inspired flexible fiber array with an open radial geometry for highly efficient liquid transfer, NPG Asia Materials, 6: e125 (2014). doi: https://doi.org/10.1038/am.2014.70
4.Q. Wang, B. Su, H. Liu, and L. Jiang, Liquid Transfer: Chinese Brushes: Controllable Liquid Transfer in Ratchet Conical Hairs, Adv. Mat., 26: 4888 (2014). doi: https://doi.org/10.1002/adma.201470192
5. T. Yamamoto, Q. Meng, Q. Wang, H. Liu, L. Jiang, and M. Doi, Bio-inspired flexible fiber brushes that keep liquids in a controlled manner by closing their ends, NPG Asia Materials, 8: e241 (2016). doi: https://doi.org/10.1038/am.2016.1
6. T. Yamamoto, Q. Meng, H. Liu, L. Jiang, and M. Doi, Instability of Liquids in Flexible Fiber Brushes under Applied Pressure, Langmuir, 32:3262-8 (2016). doi: https://doi.org/10.1021/acs.langmuir.6b00030
