社会の役に立つ研究とは何だろう?

tetsu

「奥行き」が重要

名古屋に最初に移った時には、ナショナルコンポジットセンター(National Composite Center、以下NCC)という部署に配属されました。

このセンターは、名古屋大学、自動車メーカー6社、材料メーカー3社、精密機器メーカー3社が協調して量産車の構造材料となる炭素繊維複合材料(Carbon Fiber Reinforced Plastics)を研究開発する組織でした。

このあらましとしては、電気自動車にしろ何にしろ、どんどん自動車に積まなければならないものが重くなって、燃費をよくするためには構造材料を軽量化しなくてはならなくなっています。

アルミは非常に加工が難しい材料なようですが、日本の自動車メーカーは加工してしまい、量産車の構造材料としてしまいました。

一方、ヨーロッパの自動車メーカーにとってはアルミの加工は難しく、ガラス繊維複合材料(Grass Fiber Reinforced Plastics)が使われたそうです。

ガラス繊維複合材量とアルミは、同じ強度設計での重さはほぼ同じです。

しかし、アルミは一番軽い金属であるのに対して、複合材料の場合にはガラスを炭素繊維に変えることで軽量化が可能でした。

つまり、複合材料の方が奥行きがあったということですね。

奥行きが重要というのは、社会の役に立つ研究だけでなく、アカデミアでの研究に共通することだと思います。

名古屋大学で助教をはじめましたが、そのステージでこそ奥行きで研究テーマを選ぶべきですよね。

社会の役に立つ人のセンス

NCCでは、LFT-D(Long Fiber Reinforced Thermoplastics in Direct Processing)という方法を用いて、炭素繊維複合材量を成形していました。

熱可塑性樹脂を炭素繊維と一緒に混錬し、それをプレスで成形するというものです。

1か月に1回だったか2回だったかのペースで、NCCでは炭素繊維複合材量の成形を行っていました。

成形の前にミーティングがあって、その後、成形が始まるまでの準備が始まります。

私は、データベース作成のための成形部材の在庫管理を行う役割でした。

私の研究室と成形を行う施設の間にある程度距離がありましたので、成形準備の間に在庫管理をしていました。

成形には前述の企業の方々も参加していたのですが、成形準備に参加していない人たちは、ほうきを見つけて掃除をしていたり、自分のできる仕事を探してやっているんですよね。

自分の仕事を探してやるというのは重要な能力であり、社会の役に立つ人になるセンスなのだと思います。

それからというもの、大掃除などの研究室の行事では、学生さんたちにあえて指示を与えず、何をする必要があるか自分で考えて行動してらうようにしました。

社会の役に立つセンスを身に着ける良いスタートとなってくれればいいのですが。。。

学会はバーチャルな場

炭素繊維複合材量は、航空機や高級車などにすでに使われていましたので、残るフロンティアは量産車でした。

具体的な数字を言わなければたぶん大丈夫なので言うと、量産車を作るのに重要なのは時間です。

NCCでは速く成形ができるように、コールドプレスというプレス成型と冷却を同時に行う手法で研究を進めていました。

それに対して、まず高温状態でプレスをして、その後に冷却するヒート&クールという手法もあります。

しかし、複合材料学会などに顔を出してみると、量産車の構造材料に使う目的の研究でも、ヒート&クールを使って非常に長い時間を使ってできるだけ硬い材料を作る研究が多かったです。

たぶん、それは学会で評価されるのは、そのような研究だからでしょう。

つまり、学会で評価される研究は、必ずしも社会の役に立つとは限らないということです。

大学は生産設備を持たない

大学に自動車工場はないので、最終的には企業で生産しなければなりません。

仮に十分な時間で十分な強度の炭素繊維複合材量を自由に成形できる技術ができたとして、それを作った人が大学教授だったらその技術を公表しなくてはならないことを考えると、結局生産されて社会に出回るかどうかは市場と想定される競合のバランスによるのでしょうね。

企業の人たちは、共通に持っている生産のボトムラインのセンスのようなものを持っているように感じました。

対して生産設備も持たず、マーケット部門も持たない大学で、社会の役に立つ研究をしようとすると、どうすればよいのでしょうか。

ものつくりだと、相当なマーケットを発掘するようなものでないと難しいでしょう。

逆にシミュレーションツールなどのソフトウェアは生産設備を必要としないので、大学で社会の役に立つ研究をしようと思った時、センスの良い選択なのかもしれません。

実際、工学部では、CAE(Computer Aided Engineering)を中心とした予測ツールを作っている人はたくさんいます。

皆さんはどのように考えるか、ご意見を聞きたく思います。

私は、NCCの後、遺伝子発現制御の理論物理学の研究に注力することにしました。

NCCでの研究

NCCの最初の会議の時、成形グループに企業側から参加されている方の発表で、気になる式が出てきました。

この式、どうして出てきたんだろう?と思って、それを解析してみました。

そこで、潤滑近似(lubrication approximation)を使って流体力学の方程式を解く方法を学びました。

つまり、出された式は、材料の流れのみを考えた式だったのです。

成形を見ていて、コールドプレスで成形性は、流れることと固まることの速さのバランスで決まると思って、熱輸送方程式と流体力学方程式を組み合わせて、複合材料成形の理論を作ってみました[1]。

この理論は、NCCで流動理論と呼ばれることとなりました。

ここで学んだ潤滑近似は、現在のメカノケミストリー理論に生きています。

化学反応があるという点では違うのですが、NCCで行っていた複合材料の成形系とボールミルによるメカノケミカル反応系は共通のエッセンスがあると思っています。

それでもね・・・

とはいえ、当時は自分の研究である遺伝子発現制御の物理学は週末しか時間が取れませんでしたし、1人でやらなければならなかったので、だいぶストレスがたまっていたのを覚えています。

また、理論物理学者が生物学の論文を読むのは至難の業で、何とか理解しようと何度もチャレンジしていましたが、それが周りに理解されなかったのがつらかったです。

今思えば、周りなんて気にしなければよかったのですが。

そもそもNCCは単純に拘束時間が多かったのですが、当時の研究室のボスから「まじめにやりすぎ。そんなんやってるふりしてりゃ十分」と言われました。

もちろんNCCで得たものもありましたが、研究者人生で非常に重要な助教時代のかなりの時間を使わなければならないのはだいぶダメージですよね。

その反省もあり、北大に移った時に自分の研究の優先順位をだいぶ上げたら、めちゃくちゃ怒られました(;;)

参考文献

  1. 1. T. Ishikawa, K. Amaoka, Y. Masubuchi, T. Yamamoto, A. Yamanaka, M. Arai, & J. Takahashi, “Overview of automotive structural composites technology developments in Japan”, Composites Science and Technology, 155: 221-246 (2018). doi: https://doi.org/10.1016/j.compscitech.2017.09.015
ABOUT ME
山本哲也
山本哲也
キンメダイ美術館のサイエンティスト
電子工学で学位を取得後、理論物理学者になるため、ドイツ、イスラエル、中国で修行。現在は、習得した理論物理学を使って遺伝子発現制御のメカニズムを明らかにする研究をしています。研究だけでなく、趣味やいろいろ考えていることなどお話ししたいと思います。
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