イスラエルという国 その2ー解は1つではない
以前の記事で、イスラエルで2年暮らしていたことをお話ししました。
私は比較的弱かったのかもしれませんけれど、水が合わなかったのか、おなかが激痛に襲われることが何回かありました。
最初の時には、つらい中病院に行ったのに、私の持っている保険が使える病院ではないと言われ、途方に暮れているところを、たまたま居合わせたヴァイツマン研究所の教授に車で保険が使える病院まで送ってもらったこともありました。
他にも、私はGが大の苦手なのですが、熱帯地方特有の巨大Gとの戦いがしばしばありました。
歯医者に行って詰められたプラスチックでアレルギーが出て、仕事中でも意識がそっちに持っていかれることもありました。
そういう意味でいうと、生活としては大変だったかもしれません。
あと、金曜日の午後から土曜日の夕方までは、シャバットといって働いてはいけない期間で、学食やレストランはおろか、スーパーも閉まってしまいます。
たしか、4月のペサフ(passover)や9月のヨーム・キプールも1週間くらいそんな感じだったと思います。
我々外国人はすきにやっているのですが、イスラエルの人は電気を使ってはいけないそうで、厳しめです。
このようなことを経験すると、いかに我々の生活が他の人の労働によって成り立っているかということがわかります。
アインシュタインの言う”A hundred times every day I remind myself that my inner and outer life are based on the labors of other men”(毎日100回は自分の内面と外面の生活は、他の人の労働によって成り立っていることを思い出すことにしています)の意味がよくわかります。
イスラエルは移民の国なので、いろいろなバックグラウンドの人がいます。
イスラエルの人は、他の人にあまり気を遣わずに、結構自由に暮らしています。
たとえば、イスラエルの会議では、ポスターセッションになると、人は決められた場所にポスターを貼るのではなく、好きなところに貼ります。
セミナーになると、開始時間にほとんど人は現れず、5分くらいたってから現れ始めます。
良くも悪くもマイペースで、空気を読む?なにそれ?みたいな人が多いです。
だからこそなのだと思いますが、イスラエル人はとてもおおらかです。
私がイスラエルでポスドクをしていたころ、アメリカ人のポスドクと数か月オーバーラップがあって、サイエンスやヴァイツマン研究所のことなどをいろいろ教えてくれました。
そのポスドクは、「日本人がイスラエルに住むのは文化というか考え方が真逆だから、大変だと思う。日本は秩序を重んじるけど、ここはカオス。アメリカはその中間くらいだけど、それでも大変だった。」といってました。
私は良くも悪くも行った先になじんでしまうタイプなので、まあまあ大丈夫でした。
私は独身で、イスラエル滞在中は両親や兄弟ともほとんど話しませんでしたし、周りに日本人もいなかったからか、イスラエルになじむうちに、自分の中のここが変だよ日本人に気付いてしまいました。
日本は、暗黙のルールが多く、こうでなければならない、ああでなければならないという設定があって、それに無意識に従ってしまう(そして、それに従うよう他の人に要求する)文化なんですよね。
日本で人と話していて、この人、日本の常識にとらわれているなと思ってしまうこともあります。
このようなことを経験すると、一歩下がって物事を見ることができるようになります。
アインシュタインの言う”Common sense is the collection of prejudices acquired by age 18.”(常識とは18歳までに刷り込まれた偏見の集まり)の意味がよくわかります(「刷り込み」は意訳です)。
また、このことって、文化だけではなく、科学における分野にも言えるんですよね。
同じ分野の人たちは、よく顔を合わせて情報交換するので、共通の考え方ができてしまうんですよね。
その共通の考え方は、無意識に持っているものもあります。
科学史においては、暫定的に作られた共通の考え方のために、その分野の発展が止まることもありました。
他の分野を経験すると、自分たちが無意識に持っていた共通の考え方に気付くこともあります。
常識のほとんどは私たちが無意識に持っているので、まずそれを意識できるような活動をしなければ(または、意識するような知恵を身につけなければ)、常識は超えられないんだろうなと思います。
そのような気づきを得るためにも、研究者を目指す人は、海外で博士を取るか、できれば分野を変えてポスドクをすることをお勧めします。
