技術開発が目的になってはいけない*
サイエンスは、新しい技術によって進められるという側面があります。
たとえば、物理の誕生には望遠鏡の開発が密接にかかわっています。
望遠鏡と三角法によって、他の惑星や衛星との位置がある程度正確に測定は、古典力学の礎となりました。
また、蒸気機関は、熱力学を生み出しました。
時代は進んで、コンピュータの発達によって、シミュレーションが可能になりましたし、最近ではアルファフォールドなどのAIを使った研究も盛んです。
私の分野では、CRISPR-Cas、オーキシンデグロン法、ミントボディー、さまざまな次世代シーケンサ、超解像顕微鏡、クライオ電子顕微鏡など、DNAやたんぱく質を改変したり、標識したり、観察したり、シーケンシングする技術のおかげで、遺伝子発現制御の仕組みがだいぶ分かるようになってきました。
実験技術、計算技術だけでなく、理論ではモデルを作ることも技術と同じ性質を持つかもしれません。
そのため、新しい技術を作ることは、サイエンスを進めるために重要だと思うかもしれません。
しかし、私は逆だと思うのです。
サイエンスを進めるための新しい技術を作ることが重要だと。
当たり前だと思うかもしれませんが、世の中には、サイエンスを進めていてなおかつ技術開発をやっているという研究者と、技術開発ばかりしている研究者がいます。
サイエンスを進めている研究者は、現在のサイエンスではまだ分からないことを分かるようにする活動を行っています。
つまり、今のサイエンスで分からない理由を分析して、分かるために必要な量や操作をする技術を開発しているのです。
私が普段交流させていただいている分子生物学の研究者はこのタイプの人たちが多いです。
一方、技術開発ばかりしている研究者は、だいぶセンスによるように見えます。
新しいサイエンスを切り拓く技術を開発し続ける人もいますが、その技術を使っていても現在分かっている範囲のことしかわからない、お金のかかる世界で初めての学生実験の方法を開発し続けている人もいます。
たとえば、これまでの様々な実験を根拠とした理論があったとします。
直接観察によって、これまでの実験よりも直接その理論が正しいことを検証できる技術を開発したところで、サイエンスは進んだことにはなりません。
しかし、よく知られた理論が怪しいと直感し、その理論が間違っていることを直接観察によって見つけたとしたら、これは大発見です。
ただ、博打を売って後者を簡単に引けるほど、現在のサイエンスは貧弱ではありません。
技術はあくまでも知りたいことを知るための手段であって、重要なのはそれを使って分かることです。
技術を作ることが目的となっては本当はダメなのだと思います。
研究費申請では、どうしても形として残るモデルを作ることを目的とすると書かなくてはなりませんが、論文を書くときには、モデルを作って解析して分かったことをタイトルにしています。
*注 サイエンスに限る。
