分野の末期症状
サイエンスにおける分野
サイエンスには、分野というものがあります。
一番大きなくくりでいうと、物理学、化学、生物学、地球惑星科学などです。
さらに、例えば、物理学は、宇宙物理学、素粒子物理学、量子情報、固体物理学、ソフトマター物理学、生物物理学などに分かれていきます。
さらにさらに、例えば、ソフトマター物理学は、高分子、液晶、コロイド、濡れ、粉体、ガラスなどに分かれていきます。
高分子の中でも、レオロジー、溶液論、自己組織化などに分かれていきます。
今のサイエンスは分野が細分化されすぎていて、全体像を把握するのは困難であると言われ続けて幾星霜という感じです。
もちろん、新しい分野が増えることもありますが、逆に、人がいなくなってしまい、研究分野としてはなくなってしまうものもあります。
時代とともにラインナップが変わるのです。
人がいなくなる理由は、流行が過ぎたから、予算が付きにくくなったからという場合もありますが、ほぼ完成してしまい研究としてはやることがなくなったからという場合もあります。
みなさんが高校や大学で習う物理学は、昔に完成された分野の考え方です。
今の時代は科学研究の進歩はすさまじく、サイエンスの1分野は科学者1人の研究者人生の中でほぼ基礎が固まってしまいます。
自分の博士課程時やポスドク時の指導教官と同じ分野の研究を続けるとすると、新しい発見がもうないかもしれないレッドオーシャンで、多数の競合相手と残り物を奪い合うということにほぼ必ずなってしまいます。
ブロック共重合体のミクロ相分離
高分子は、繰り返し単位(モノマー、または、単量体)を連結して合成される高分子です。
ブロック共重合体は、高分子の一種で、複数の種類の高分子を結合して合成されます。
その中でも一番シンプルなものはABブロック共重合体で、Aモノマーを繰り返し単位とする高分子とBモノマーを繰り返し単位とする高分子を連結したものです。
そのなかでも、Aモノマーが繰り返されている部分とBモノマーが繰り返されている部分を、それぞれ、Aブロック、Bブロックといいます。
同種のモノマーのみからなる一様な高分子は、温度や濃度によっては、溶液中で凝集し、析出してしまいます。
高分子を主に含む領域と溶媒を主に含む領域に系が分かれる現象をマクロ相分離(Macroscopic phase separation)といいます。
相分離のダイナミクスは、界面エネルギーに支配されています。
界面を作ることは不安定であるので、系全体における界面の面積の合計を小さくするように系は進んでいくということです。
従って、高分子を主に含む領域(ドメイン)は同じ体積で表面積が最小になる球となりますし、ある時点で複数ドメインがあったとしても、時間がたつにつれて融合し、1つのドメインになってしまいます。
一方、ブロック共重合体では、溶液中、または、溶融体で、様々なパターンを形成します[1]。
たとえば、Aブロックを主な要素とする複数の球形領域がBブロックを主に含む大きな領域のなかで規則正しく並んでいる構造などです。
これらの領域はミクロ相と呼ばれ、ブロック共重合体がミクロ相を形成する(系がミクロ相に分かれる)現象をミクロ相分離(microphase separation)といいます。
マクロ相分離とは異なり、ミクロ相はある大きさ以上には成長しないという性質があります。
また、ミクロ相は球形とは限らず、円筒形になったり、ラメラ(層状)であったりします。
理論的には、比較的高温での解析(weak segregation limit)はLeiblerが[2]、低温での解析(strong segregation limit)はSemenovが[3,4]行いました。
太田隆夫先生と川崎恭治先生によって、マクロ相分離の原因であった近距離の引力相互作用と、長距離の斥力相互作用の競合の結果であるという示唆が得られました[7[。
1980年代の話です。
高分子溶融体などの多体系は、統計力学を使ったとしても厳密に計算するのは困難です。
平均場理論(Self-consistent field theory、または、SCFT)は、相分離などの協調現象をかなり正確に予言できる強力な近似です。
1990年代には、平均場理論をミクロ相分離に拡張して、両極限での解析を含む全体像が得られました[5,6]。
これでブロック共重合体のミクロ相分離の物理の基礎ができたといっていいでしょう。
2010年代のブロック共重合体の研究
北京航天航空大学でソフトマター物理のセンターができたとき、私はポスドク研究員として参加しました。
その他にも、アメリカやカナダで博士課程やポスドク研究をしていた中国人研究者もセンターに多数加わることになりました。
カルフォルニア工科大学のZhen-Gang Wangやカナダのマクマスター大学のAn-Chang Shiなど、高分子の領域で著名な活躍をされた中国人研究者に影響されてか、SCFTでブロック共重合体の研究をしていた人ばかりでした。
これは、彼らがセンターに加わった時点でそうだったという話で、センターでの研究を通して、よりオリジナリティーの高い分野に研究をシフトできた研究者もたくさんいたことは申し添えておきます。
ブロック共重合体の理論が始まってから30年、基礎ができてから20年たった2010年代、彼らはどんな研究をしていたか、少しお話をしたいと思います。
パターン1:細かいことを調べる
平均場理論は、統計平均をうまく使って相分離やミクロ相分離を予言する手法でした。
もちろん、本当は統計平均からのずれ(これを”ゆらぎ”といいます)があります。
そのずれをちゃんと取り入れて計算する研究がありました。
この研究は細かいだけという訳ではなく、臨界状態という特別な温度と濃度付近ではむしろ平均よりもゆらぎの方が大きくなります。
Kenneth Wilsonは、ゆらぎを取り入れた相転移の理論のであるくり込み群の構築に成功し、それを使って臨界状態を特徴づける臨界指数を見事予言したことにより、1982年にノーベル物理学賞を受賞しました。
そこで、何とかゆらぎを考慮に入れてミクロ相分離の計算ができれば、臨界点付近のことが分かると考えられます。
ゆらぎの計算をするために様々な手法が開発されました。
発想としては面白いものも多くあります(たとえば、[8])。
非常にテクニカルなくせに分かることが少なく、臨界状態の本質はWilsonが、ブロック共重合体の本質はLeibler、Semenov、Matsen、Batesらがすでに見つけているため、どうしても重箱の隅をつついている感が否めません。
パターン2:とにかく複雑にする
これまで話してきたのは、ABブロック共重合体のミクロ相分離です。
しかし、これは一番シンプルなもので、モノマーBのブロックの両端にそれぞれモノマーAのブロックとモノマーCのブロックを結合したABCブロック共重合体など複雑にしようと思えばいくらでもできます。
また、これまではやわらかいABブロック共重合体の話をしてきましたが、硬いABブロック共重合体も考えることもできます[10]。
必要があって複雑にするのはわかるのですが、ただただ複雑にする研究が増えてくると、おそらくもうやることがないんだなと思ってしまいます。
パターン3:応用研究
ブロック共重合体は、半導体用のマイクロパターニングのために使う応用が考えられていました。
そのため、表面を加工し、ミクロ相分離のパターンを誘導するような研究が行われていました。
ミクロ相分離のようにひとりでに構造が形成される現象を自己組織化(”self-assembly”)といいます。
少し操作を加えることにより、自己組織化をコントロールすることを”Directed assembly”といいます。
応用研究は、出来上がっている基礎を適用すれば分かることを研究することが多いので、オリジナリティーが弱くなります。
特に、トランジスタや発光ダイオードなどの、既知の応用やその周辺であるならば。
もちろん、基礎が固まる前に必要が生じて応用研究が始まることもあり、その場合にはまだ新しい発見が残っていると思います。
また、皆様が、他の人が思いつかないような応用を思いついたならば、この限りではありません。
それは、応用としてのオリジナリティーがあるということですから。
まとめ
・重箱の隅をつつくような研究ばかりになる
・複雑にするためだけの研究が始まる
・応用研究ばかりになる
などの症状があれば、分野が末期である可能性が高いです。
もしあてはまる症状があれば、新しいことのはじめ時かもしれません。
参考文献
1.F. S. Bates & G. H. Fredrickson, “Block Copolymers—Designer Soft Materials”, Physics Today (1999). doi: https://doi.org/10.1063/1.882522
2.L. Leibler, “Theory of Microphase Separation in Block Copolymers”, Macromolecules, 13, 1602–1617 (1980). doi: https://doi.org/10.1021/ma60078a047
3.A. N. Semenov, “Contribution to the theory of microphase layering in block copolymer melts”, JETP, 61: 733 (1984). http://www.jetp.ras.ru/cgi-bin/e/index/e/61/4/p733?a=list
4.A. N. Sememov, “Microphase separation in diblock-copolymer melts: ordering of micelles”, Macromolecules, 22, 2849-2851 (1989). doi: https://doi.org/10.1021/ma00196a054
5.M. W. Matsen & M. Schick, “Stable and unstable phases of a diblock copolymer melt”, Phys. Rev. Lett., 72, 2660 (1994). doi: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.72.2660
6.M. W. Matsen & F. S. Bates, “Unifying Weak- and Strong-Segregation Block Copolymer Theories”, Macromolecules, 29, 1091-1098 (1996). doi: https://doi.org/10.1021/ma951138i
7.T. Ohta & K. Kawasaki, “Equilibrium morphology of block copolymer melts”, Macromolecules, 19, 2621-2632 (1986).
8.X. Man, K. T. Delaney, M. C. Villet, H. Orland, & G. H. Fredrickson, “Coherent states formulation of polymer field theory”, J. Chem. Phys., 140: 024905 (2014). doi: https://doi.org/10.1063/1.4860978
9.C. A. Tyler, J. Qin, F. S. Bates, & D. C. Morse. “SCFT Study of Nonfrustrated ABC Triblock Copolymer Melts”, Macromolecules, 40: 4654–4668 (2008). doi: https://doi.org/10.1021/ma062778w
10.Y. Jiang & J. Chen, “Influence of Chain Rigidity on the Phase Behavior of Wormlike Diblock Copolymers”, Phys. Rev. Lett., 110: 138305 (2013). doi: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.110.138305
