工学と応用の本質とは
10年くらい前までは歯磨きは手磨きだったのですが、ここ10年はBraunのOral-Bを使っています。
手磨きだとちゃんと磨くのに20分はかかるのですが、電動ブラシだと5分で済むので歯磨きスタイルを変えました。
札幌に来てからは時々イオンで替えブラシを買っていました。
しかし、ご存じの通り、コロナ渦が終わったころからインフレが進み、替えブラシがどんどん高くなっていきました。
なので、気軽に買えなくなって、替える頻度を低くしました。
高くなって売れなくなったのか、最寄りのイオンから替えブラシが姿を消しました。
それからブラックフライデーとかプライムデーの時に、Amazonで一括で購入するようにしています。
Amazonで購入すると、イオンで買っていた時よりもだいぶ安く買えるようになりました。
このようなことを経験すると、昔、商店街がなくなってスーパーにとって代わったように、スーパーはネット通販にとって代わられるようになるのでしょうか。
今の段階で運送業者は需要過多ですでに大変なようなので、何とか自動化できないとそんな未来が来るかわかりませんね。
それにしても市場というものは20年や30年も経てばだいぶ変わるものですね。
30年前は音楽を買うとなるとCDを買っていましたし、ゲームソフトもパッケージを買っていました。
しかし、今は、音楽にしてもゲームにしても、映画にしても、データをダウンロード、もしくはサブスクです。
工学部の学生だった時、先生に社会の役に立つ研究をしなさいと言われましたが、社会(=市場)は20年か30年くらいで変わってしまいまいます。
社会の役に立つ研究をするということは、20年先、30年先の市場を予想し、その未来を切り開くネックとなることを克服する研究ということです。
応用があれば社会の役に立つという訳ではありません。
むしろ、応用が世間に知られていることを研究するのはすでに遅すぎるのかもしれません。
もちろん、企業で市場を見据えたうえで必要なことを研究するのは重要です。
私は有機エレクトロニクスのラボ出身ですが、まだ有機EL、有機トランジスタ、有機太陽電池を大学で研究している人を見ると、少し複雑な気持ちになります。
サイエンスとして新しいことがあるという人がいます。
しかし、多くの工学分野は既知の物理学を基礎としていますので、あえて既知法則から外れた領域での研究をしていない限り、サイエンスとしての研究要素は薄くなる傾向があります。
私が工学を諦めたのは、私には社会が複雑すぎて、市場を読める気がしなかったからです。
ブログを始めた理由はいろいろあるのですが、そのひとつはサイエンスの市場を知りたいからです。
その意味では、まだ工学の心は残っているのかもしれません。
