理論物理学者になったきっかけ

tetsu

学部時代のこと

アインシュタインやマリーキュリー、湯川秀樹、福井謙一など、過去の偉人に憧れてサイエンティストになる人は多いです。

サイエンティストになるためには、大学と大学院に行って、教授(あるいは准教授)の下で研究をして学位を取る必要があります。

特に日本の場合には、学生の時にやっていた研究をプロになっても続ける人も多いです。

たとえば、学生のころから教授になるまで量子化学の研究を続けるなどです。

私の場合は、大学に入った時、コンピュータウィルス対策ソフトを作る人になりたくて、情報工学科を学ぶため、東京工業大学(現・東京科学大学)の第5類に進みました。

第5類に入った人は、2年になると情報工学(ソフトウェア)と電気電子工学(ハードウェア)に進みます。

学部1年では情報工学の基礎となる情報学基礎と電気電子工学の基礎となるベクトル解析に加えて、教養課程を学ぶのですが、私は情報工学を早く学びたくて、1年の頃から空いているコマに専門科目をとっていました。

しかし、限られたハードウェアをどのように使うかという話が多く、なんか天井が決まっていて面白くないなと思いました。

そこで、2年になった時に情報工学に進まず、電子工学を目指すことにしました。

電子工学は電磁気学と量子力学を基礎としています。

端的に言うと、電磁気学とは電気と磁気が従う法則に関する物理学で、量子力学は電子の運動が従う法則に関する物理学です。

電磁気学と量子力学を学び終えると、それを使って半導体の物性や光・電子デバイスの仕組み、電子回路などを学びます。

電磁気学や量子力学、ぎりぎり半導体物性くらいまでは面白いのですが、他は電磁気学と量子力学の演習問題のように見えて、やっぱり天井が決まっているようで面白く思えませんでした。

そのうち、興味の薄い講義を切って、熱統計力学、一般相対性理論、相対論的量子力学、非平衡統計力学、量子力学、多体電子論などの物理学科の講義を受けるようになりました。

その中でも統計力学は、分子のミクロな運動とマクロな物性を結びつけるもので、非常に奥行きを感じました。

学部4年になって、所属する研究室を選ぶとき、電子工学科であるのにもかかわらず、研究室見学の時に「統計力学は使いますか?」と教授に聞いてまわりました。

もちろん、多くの研究室では統計力学なんて使わないのですが、唯一、「うん、重要だよ」と言ってた有機エレクトロニクスの岩本光正先生の研究室に所属することにしました。

界面活性剤のような水と親和性のある部分と親和性のない部分が結合した分子を水面にまくと、1分子の厚さの膜ができますが、これを水面上単分子膜といいます。

そこで、水面上単分子膜というエレクトロニクスではあまり研究されないことを、統計力学が使えるということで好んで研究していました。

とはいえ、1分子のサイズはナノメートルなので、ナノテクノロジーの走りで活躍した時期もあります。

電子工学科だったので、水面上単分子膜自体を研究するというよりは、その物性を測定する装置を作る方がメインでした。

実験結果はたくさん出るのですが、なんでそんなことが起きるのかということはいまいち理解されていない感じでした。

私は統計力学の方に興味があったので、先生に実験しなさいと怒られながら、自分の実験を理解するための理論を自己流で作り始めたのが、私が理論物理学者としてのキャリアの始まりです。

その意味では、あまり私の研究者人生はあこがれから始まったわけではないかもしれません。

大学院に入ってからのこと

とはいえ、私は英語を書くのが好きだったので、学部の頃から論文を書かせていただいたし[1,2]、修士の時には、アメリカからの留学生とチームを組み、顕微鏡を設計して作るような経験もさせていただきました[3]。

自分でアイデアを考え、理論を作り、論文を書くというサイクルができるようになったは、修士1年の終わりくらいだったと思います[4,5]。

そして、学術振興会特別研究員(通称、学振)に選ばれて、博士課程での経済的な問題もなくなりました。

理論を作るのが好きだったので、博士課程に進学することにしました。

岩本光正先生の研究室には、欧陽鐘燦(Ou-Yang Zhong-Can)先生という液晶の先生がよく訪問されていました。

この先生は中国科学院理論物理学研究所の所長さんで院士の先生(つまり、偉い先生)です。

ドイツのWolfgang Helfrichという人が、細胞膜が液晶と類似した構造を持っていることに気付き、液晶の理論を拡張して細胞膜の力学理論を構築しました。

欧陽先生は、Helfrich理論に微分幾何学を導入し、細胞膜の形が従う方程式である形状方程式(shape equation)を導出し、赤血球の形がなんで扁平で真ん中がへこんだ形になるかということを理論的に説明した人です。

理論を作りたいから博士に上がったのに、過程が始まる前の春休みくらいの時に、「理論は欧陽先生と作るから、山本君には実験をしてほしい」と言われました。

公共のところで言うのはよくないかもしれませんが、折角なので本当のことを言うと「頭を使うことはこっちでやるからお前は言われたことをやっていればいい」くらいのニュアンスでした。

そこで、私は、「ほぉう。言うねぇ。」と思って、岩本先生がやりたいことは知っていたので、春休みの間に理論を作りました。

正論を振りかざしても屁理屈を言われて終わるだけだと思ったので、私は岩本先生の論文を読み漁り、彼がこれまでされてきたことを理解して、それをベースに理論を作りました。

相手の武器は、相手の最大の弱点ということですね。

もちろん、作る前に報告するとつぶされるので、結果を出した後で報告しました。

すると、岩本先生は、むしろ「よくやってくれた」とほめてくれて、「そこまでできるなら、好きなようにやってみなさい」と言ってくれました。

ただ、博士課程なので審査が必要で、あまり審査委員のなじみのないことを使うと審査ができなくなるので、「単分子膜を対象として、電磁気学と液晶の範囲内で研究を行うこと」という縛り付きでした。

今思えば、岩本先生は私の性格をちゃんと理解しているので、こうなることを予見していたのだと思います。

博士課程では、電磁気学と液晶の物理を微分幾何学で結び、水面上単分子膜の作るドメインの形状を説明する理論を構築する研究をしました。

その中で、物質の電磁気学において、キラル分子の性質は電子双極子と電気四重極子の重ね合わせで表すことができることや[6]、水面上単分子膜ドメインのshape equationの導出を行い、双極子-双極子相互作用がMaxwell応力としてドメイン形状に寄与することを明らかにしたこと[7]などの成果を上げることができました。

私の博士論文をベースとして、岩本先生と欧陽先生との共著で本も出版しています[8]。

とはいえ、この頃の理論はだいぶテクニカルで、なかなか世間には受け入れられませんでした。

岩本先生はずっと味方になってくれて、支えていただきました。

リーダー性とカリスマ性に関しては、今でも岩本先生にはかなわないなと思います。

博士課程の間の研究では、欧陽先生の影響もかなり受けたと思います。

もともと理論を作るのは好きでしたが、理論物理学者になるという明確な目標を持ったのは、赤血球のような形のような普遍的なことが物理学でわかるという欧陽先生のお仕事に対する驚きからだったと思います。

たぶん、あの頃は、欧陽先生のような理論物理学者になりたかったんだと思います。

今日はラブライブサンシャインの話をしようと思って書き始めたのに、なんでこんな話になったんだっけ?

だいぶ、岩本先生や欧陽先生との思い出の話になってしまいました。

参考文献

1.T. Yamamoto, T. Manaka, and M. Iwamoto, Electrostatic charge effect on the orientational distribution of molecules on the water surface, Chem. Phys. Lett., 368, 370-376 (2003). doi: https://doi.org/10.1016/S0009-2614(02)01832-8

2.T. Yamamoto, A. Tojima, T. Manaka, and M. Iwamoto, Detection of the reversible flow behavior of 4-heptyloxy-4 ‘-cyanobiphenyl monolayer at air-water interface by compression and expansion with Maxwell displacement current and optical second harmonic generation, Chem. Phys. Lett., 378, 428-433 (2003). doi: https://doi.org/10.1016/S0009-2614(03)01315-0

3.R. Wagner, T. Yamamoto, T. Manaka, and M. Iwamoto, Determination of the complete dielectric polarization of Langmuir monolayers, Rev. Sci. Instrum., 76, 083902 (2005). doi: https://doi.org/10.1063/1.1988207

4.T. Yamamoto, D. Taguchi, T. Manaka, and M. Iwamoto, Detection of flexoellectric effect from 4-heptyloxy-4 ‘-cyanobiphenyl monolayers at an air-water interface by Maxwell displacement current and optical second harmonic generation, J. Chem. Phys., 122, 164703 (2005). doi: https://doi.org/10.1063/1.1884597

5.T. Yamamoto, T. Manaka, D. Taguchi, and M. Iwamoto, Compression induced chiral symmetry breaking of monolayers comprised of banana-shaped achiral molecules at an air-water interface: Williams-Bragg approach, J. Chem. Phys., 125, 034704 (2006). doi: https://doi.org/10.1063/1.2216693

6.T. Yamamoto, T. Manaka, and M. Iwamoto, Electric quadrupole model on the formation of molecular chirality dependent domain shapes of lipid monolayers at the air-water interface, J. Chem. Phys., 126, 125106 (2007). doi: https://doi.org/10.1063/1.2709644

7. T. Yamamoto, D. Taguchi, M. Weis, T. Manaka, and M. Iwamoto, Electrostatic Maxwell stress model of the shapes of condensed phase domains in monolayers at the air-water interface, J. Chem. Phys., 128, 204706 (2008). doi: https://doi.org/10.1063/1.2920474

8.M. Iwamoto, T. Yamamoto, and Z. C. Ou-Yang, Electrical and Geometrical Properties of Organic Monolayers, World Scientific Ltd. (2025). Amazon

ABOUT ME
山本哲也
山本哲也
キンメダイ美術館のサイエンティスト
電子工学で学位を取得後、理論物理学者になるため、ドイツ、イスラエル、中国で修行。現在は、習得した理論物理学を使って遺伝子発現制御のメカニズムを明らかにする研究をしています。研究だけでなく、趣味やいろいろ考えていることなどお話ししたいと思います。
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